言霊の幸わう国

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ゆくえ

 こどものころから、気になっていることがある。

 どうして月にうさぎがいるように見えるのか。
 世に溢れるものはどんなふうに作られているのか。
 人の好みはどのように決まるのか。
 天気予報はどんなふうに予測されるのか。

 そして今1番気になっているのは、郵便物はどのように運ばれていくのか。

 今朝、会社のビルの前のポストに手紙を投函した。
 郵便物は10時に回収されると書かれているのを、入れる前に確認した。
 仕事をしながら、ちらちらと時計を見た。
 昼ごろ、大阪の中央郵便局で仕分けされる自分が書いた手紙を何度も想像した。
 それは夕方までには大阪を出て、東へと運ばれていっているのだろう。

 宛先へ届くのは、あさってくらいだろうか。
 いく人もの手に渡り、最後にあの人のところへ、届く。

 その過程はずっと気になっていたことだけれど、今日はさらに。
 今、あの手紙はどこにいるのだろう。
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by fastfoward.koga | 2008-03-30 21:45 | 一日一言 | Comments(2)

ひらひら

 気づけば、めまぐるしく過ぎた1週間。
 こうしてパソコンの前にゆっくり過ごすのも、長らくなかったかのような気さえする。
 書きたいことはいくつもいくつもあるものの、順序を気にしすぎるわたしはキーボードを叩く手が止まってしまう。

 水曜日の夜、夜行バスに乗ってトーキョーへ出かけた。
 いろんなものを抱えたまま。
 
 帰ってきて、抱えているものの数や形は変わっていないけれど、少し体に馴染んだようだ。
 それほど、抱えていることに対してのしんどさはない。

 桜の花が、1年かけてまた今年も咲いたように、しばらくは自然に身を任せてみようかなと思う。
 花は、いつかは散るのだ。
 でも、また人々の目を奪う季節はやって来る。
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by fastfoward.koga | 2008-03-29 21:25 | 一日一言 | Comments(2)

ワンワード

 今とにかく、人の言葉に耳を傾けることに気をかけている。

 親にも言われるが、わたしの話し方は語尾を曖昧にしないせいか、時に人にプレッシャーをかけてしまう。
 威圧的なのだ。
 恐らくそれは、言葉だけでなく存在そのものの影響もあるだろうけれど。

 無言の圧力。
 そのせいで、雑談には笑顔で応じるあの人が仕事の話になると、キュッと身構える。
 一瞬にして、目の前に壁が作られる。
 きっと本人はそのつもりはないと思う。
 でもわたしは、彼女に無意識のうちに壁を作ることでなにかを守ろうと必死にさせてしまうのだ。

 こうなると、なにを言っても、わたしの言葉は壁にぶち当たるだけで彼女に届くことはない。
 それを打破したいと、帰りのバスの中でスケジュール帳のメモのページを開き、聴いてみたいこと、教えてほしいことを書き出した。
 そして最後に、わたしから伝えたいことを書いてみた。
 そこまで辿り着くのは、そう容易なことではない。
 でも、まずは始めなくてはならない。
 とにかく、聴くのだ。

 そんなことを考えながらバスに揺られていると、ふとさっきまで一緒だった友の顔が思い浮かんだ。
 話がはずんで気づくとわたしは話し役になり、友は聞き役になっていた。
 思い出すと、ひとりで話しすぎたんじゃないかといやあなきもちになった。

 考えすぎだ。
 それを考え出すと、気を許せる人と一緒にいても気も許せない。

 他の人たちは、どうやってバランスをとっているのだろう。
 バランスがうまくとれないと考えているのは、自分ひとりだけなんだろうか。
 それとも、みんな考えている当たり前のことなんだろうか。

 そこまで考えて、気づいた。
 思考の入口に、わたしは戻ってきた。
 わたしも聴いてほしいのだ。
 声が枯れて、言葉を尽くしきるまで。
 いや、ほんとうはたった一言聴きたいだけなのかもしれない。
 大丈夫、だと。
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by fastfoward.koga | 2008-03-24 22:45 | 一日一言 | Comments(8)

永遠に世界から離れるときに持っていく八つ(2008年版)

 世界を離れるなら、と目を閉じて考えてみる。
 灯りも消して、音もなくして、静かにじっと考える。

 そうして、出たものは。

1.大きな本屋
2.くるりの音楽
3.線路と電車
4.旅先
5.リップクリーム
6.水の豊かな川
7.誰かを愛しいと思うきもち
8.星空

 数年で、結構同じところをぐるぐる回っているのかもしれない。
 毎年こうして書きながら、思う。
 1番ほしいもの、手離したくないものほど書かないものだな、と。

 やっぱり、物事素直で単純なほうがいい、のだろうな。

 よろしければ・・・  ◎2005年版  ◎2006年版  ◎2007年版
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by fastfoward.koga | 2008-03-23 23:20 | 一日一言 | Comments(2)

 手応えと言うにはささやかな、糸のようなものを手にしながら。
 新幹線のシートから見た夕陽は、まぶしかった。
 
 もうすっかり、春の夕陽だった。
 まぶしいものの柔らかい光が、高い建物のない横長の景色をぼわんと包んでいた。

 その光がいつしか消え、替わりに冷たい風が吹いてきた。
 寒さに耐えられず、バスを待ちながらカバンからストールを取り出した。

 帰り道、寒い寒いと空を見上げると満月に数ミリ足りない月が煌々と輝いていた。
 その明るさは尋常じゃなく、思わず尋ねた。

 なにか、いいことでもあったんか?
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by fastfoward.koga | 2008-03-21 22:02 | 一日一言 | Comments(2)

ボリュームコントロール

 昨日、上司から評価の結果を聞いた。
 来年度のお給料に反映する、業績評価だ。
 ランクはC。三段階の1番下だ。

 上司からは特に評価の内容については言及はなく、しばらく別の話をして、そのあとで訊いた。
 どうやったらBになれるのか、と。
 すると上司は、今やっている業務がうまくいけば間違いなくAだと言った。
 あとから馬鹿じゃないかと思った。
 その業務は1年以上かかるのだ。それじゃあ来年度も評価は変わらないだろう。

 モチベーションをあげてくれる上司は少ない。
 やるべきことだけをミーティングで告げるだけで、終わってうまくいったってできて当たり前。
 この1年を振り返って、評価に異存はない。
 けれどこの先の話をちゃんとしてくれよ、と思う。

 職場の友人に、最近のあなたの仕事ぶりを見ていると余裕を感じると言われた。

 たいていそうなのだ。
 わたしは慌てても、困っていても、そんなふうに見えないと周囲の人から言われる。
 冷静沈着。
 かつて人を見る目があると思っていた上司からそう言われて、よっぽどなのだなと思った。

 今のわたしは例えるなら、たくさんつまみのあるオーディオの仕事のボリュームだけを上げている状態だ。
 ブログも、書くことも、遊びも、恋愛も。どのつまみも下げている。
 力を出し惜しみしないのが今年の目標だけれど、年々わたしの集中力は低下し、頭の容量はすぐにまんぱんになり動きも鈍くなっている。
 バージョンアップを図りたいところだけれど改善に向かうだけの条件は揃わず、だからと言ってもがいても駄々をこねてもどうにもならないから、なんとか現状のままでやらなくてはならない。
 だったら集中できるよう、他のことに蓋をするか、排除するしかない。
 今はただ、そういうことをしているだけなのだ。

 昨日ふとんに入ったときは嫌な夢でも見るかと思ったけれど、疲れていたせいでストンと眠りについた。
 なのに朝お風呂に入っているときに、急にむくむくと虚しさと苛立ちのきもちが沸いてきた。
 なんで今ごろ。
 
 最近、休みの度に雨が降る。
 でも今日は、ちょうど降り出した雨に向かって傘をさした。
 さ、明日っから、買ったばかりの春物の洋服に身を包み、また会社へ行こう。
 わたしは、理不尽なことに自分が負けるのは許せないのだ。
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by fastfoward.koga | 2008-03-19 20:50 | 一日一言 | Comments(2)

軌跡

 3日続けて、飛行機雲を見た。
 朝に夕に、雲は空に、轍のような長い長い印をつけた。
 今朝見た飛行機雲は、時計の2時から7時へと向かっていた。

 飛行機雲を作った飛行機は、自分がつけた跡があることを知っているのだろうか。
 振り返ることもできず、車のようにバックミラーがあるわけでもなく。
 知らずに飛んでいくのだろうか。

 振り返らずに飛んでゆく。
 それくらいの器の大きさがあるほうがいいのか。
 と、最近振り返ってばかりのわたしは思う。
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by fastfoward.koga | 2008-03-17 22:30 | 一日一言 | Comments(4)

二幕終了

 昨年末に募集をした「さんご」も年が明けてから書き始め、昨日書き下ろした「待ちわびて」で第二幕を終了いたしました。
 一幕とは一変、かなりの遅筆となりましたが、毎回毎回自分が納得できるものをと、特に心がけて書きました。
 途中で壁にガンガンぶち当たり、自分の力のなさを実感しました。
 なんとかそれを打破したいと、すきな小説を読んで気分転換したり、自分の中の抽斗を引っ掻き回して紡ぎだした言葉は、まだまだ拙いものだと肩を落としています。
 が、ここから始まるものもあると信じ、また書くことと向かい合っていきたいと思います。

 この3ヶ月近く、頭の中にはみなさんからいただいた「さんご」が必ずあったので、すべて解放した今は少し寂しい気もしています。
 ほんとうに毎晩、寝る前に様々な「さんご」をどう繋いでいこうかと考えていました。
 続けて三幕を、と思うきもちもありましたが、ここは自分を熟成する期間も必要だと、しばらくは美しい日本語をたくさん読んで、歩きまわっていろんなものを見て感じ、勉強してきます。
 もっと大きな世界を言葉で紡げるようになるために、毎日を過ごします。

 次回がいつになるかはわかりませんが、そのときが来たら、またおつきあいいただければうれしく思います。


 ◎ 第二幕 おさらい ◎

 芳さんより
    「インスタントコーヒー」 「試験管」 「ピラミッド」 ⇒ 「おとなあじ」
 asntbsさんより
    「薪ストーブ」 「パブロフの犬」 「除夜の鐘」 ⇒ 「大晦日」
 太美吉さんより
    「次の体」 「結納」 「爪切」 ⇒ 「20パーセント」
 calligraphy_mさんより
   「黄色の封筒」 「お月様」 「唐辛子」 ⇒ 「黄色いお月様」
 korotyan27さんより
    「お土産」 「ゲーム」 「スフィンクス」 ⇒ 「はにわ」
 naminichidoriさんより
    「ツバメ」 「色つきの夢」 「水分補給」 ⇒ 「小春日和」
 caosoiさんより
    ① 「なんで?」 「照れ屋さん」 「やったー!」 ⇒ 「傘が飛ぶ」
    ② 「湯たんぽ」 「自転車」 「久しぶりの桜」 ⇒ 「待ちわびて」

 わたしの「さんご」が終了すると、芳さんの出番です。
 第一幕の「さんご」に、「新スコラハイラスト」の芳さんが挿絵を描いてくれました(お知らせするのが遅くてすみません)。
 ぜひ第一幕をもう1度読み返して、こちら()をご覧くださいませ。
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by fastfoward.koga | 2008-03-16 21:22 | さんご | Comments(2)

待ちわびて

 時刻は、午前十一時。円山公園の東部公園管理事務所近くの桜の木の下で、わたしはブルーシートの上に座っていた。軽く十人は座れるシートの真ん中にひとり、上体を折り曲げ、毛布をひざに掛け雑誌をめくっていた。
 数年に一度巡ってくる、副幹事という名の花見の場所取り。幹事のゲンさんから集合がかかり、今日は高校の同級生七人が集い、夜更けまでこの桜の下で飲んで食べて騒ぐのだ。
 
 わたしはすでに、ここに来る途中で買った雑誌にひと通り目を通し、いくつもの鮮やかなページへの興味を失ってしまっていた。同じ姿勢で雑誌を読んでいたせいで足も腰も首も固まってしまい、ゆっくり解きほぐすようにうーんと伸びをした。そのまま続けて欠伸をすると、頭上に誇らしげに咲く桜と薄曇の空が見えた。
 それにしても、ここは寒い。予報では日中の最高気温は十九度で例年よりも暖かいと思ったのだけれど、時折差す陽射しも木々で遮られほとんど陽射しを受けることもなく、二の腕あたりにかすかな寒けを感じていた。まだ一時間ほどしか座っていないのに、ブルシートを通して地面の冷たさも伝わり始め、わたしは掛けていた毛布をお尻の下に差し込んだものの、あと一時間トイレを我慢できるかどうか不安になっていた。
 毛布を広げ直しその上に長座になって周囲を見渡すと、自分と同じように場所取りの役を仰せつかった人たちが、それぞれの場所で思い思いに過ごしていた。寒くなかったら昼寝でもしたいところだと思っていると、トートバックからはみ出していた携帯電話がブルブルッと震えた。液晶画面には、サジという名が青い文字で光っていた。
「たのやん? 副幹事、ご苦労さん。昼休過ぎに一回そっち行けそうやけど、なんかいるもんある?」
「本、買ってきてー。四五時間で読めそうなミステリー。」
「最近なに読んだ?」
「全然読んでない。やし、新刊ならかぶる心配ない。」
「わかった。じゃ、あとで持ってく。」
 電話が切れてから気づいた。今日のサジの電話の後ろは珍しく静かだった。営業の外回りや接待で騒がしいところにいるというのはイメージなのか、いつも彼との電話は声を張り上げるか空いている片耳を押さえるかをしている気がする。サジは高校時代から豪快で朗らかでよく笑い、自然と周囲に人が集まるのは今も変わりなく、騒音さえも呼び寄せる大らかなオーラのようなものをわたしは今も感じていた。
 それでも電話が切れたあとは急に静けさに取り囲まれたようで、鳥のさえずる音がやけに耳についた。そのまま目を瞑ると、聴覚だけでなく嗅覚も研ぎ澄まされるのか、風に乗って漂ってきた香ばしいソースの匂いに鼻がぴくぴくと反応した。

 お腹空いた。そう小さく声に出して呟くと、返事をするように携帯がまた振動した。今度はさっきよりも間隔の開いたバイブで、それだけでメールが届いたとわかった。まだアンテナがちかちか点滅しているうちに携帯を開くと、しーちゃんからのメールが届いていた。
「場所取り、ご苦労さま。宴会で食べたいものがあったら、あとでメールしてね。高島屋の地下に寄ってからそちらへ向かいます。今日は十七時からの予約のお客さまが終われば、仕事はすぐ終われます。今日は全員揃うのかな? たのやん、もうちょっとがんばってね。」
 四条河原町のエステで働くしーちゃんは、お客としてやって来る女の子たちからその可愛らしさゆえモテモテだという。メールの本文も絵文字なんてひとつも使われていないのに、最後にしーちゃんの笑顔とハートマークが見えるようだった。
 ちょうど空腹で頭を悩ませていたわたしは、すぐに携帯を返信画面にし、焼き鳥とパステルのプリンを買ってきてと書いて、送信ボタンを押した。送ってから、焼き鳥はタレではなく塩で、プリンは抹茶プリンがいいと細かい指定をしなかったことに気づき、もう一度追伸で送ろうかと思ったけれど、きっとわたしの好みを熟知しているしーちゃんなら、間違いなく望みのものを買ってきてくれるだろうと信じ、携帯をカバンにしまった。

 しばらく退屈でのた打ち回るようにシートの上でゴロゴロしていると、頭の上からカラフルなスタッフジャンパーの袖とレジ袋がぬっと現れた。起き上がって袋を受け取ると、腕の主、木下くんは眠そうな顔で欠伸を噛み殺していた。
「よお。」
「あー、木下くん。とりあえず、トイレ行かせて。」
 わたしはスニーカーを履くのももどかしく、一目散でトイレへと走った。
 一息ついて戻ってくると、シートの上で木下くんはごろりと横になっていた。遠目からでも精根尽き果てた雰囲気が感じられ、わたしは静かにスニーカーを脱いで彼の左肘あたりに腰を下ろした。
「これ、ありがとね。早速、いただきます。」
「あー、どうぞ。お茶はこれね。」
 実家が経営するドラッグストアのスタッフジャンパーのポケットから取り出されたペットボトルのお茶は、つい今しがた自販機から出てきたことを伝えるに充分なほど冷たかった。こういうときは熱いお茶だろーと突っ込もうかと思ったけれど、レジ袋を開けると中には有名料理店の包装が施された花見弁当が入っていたので、やめておいた。
「伊勢丹、寄ってくれたんや。」
「うん。」
「さすがにおいしいわ。」
 箸を忙しく動かしながら、わたしは横目で目を閉じたままの木下くんを見下ろした。
「寝不足? お疲れのご様子で。」
「うん、昨日商工会の飲み会で、帰って来たの五時やねん。」
「何時に起きたん? 木下くんがいんでも、お店は店員さんに任せられるんとちゃうの?」
「いや、そうもいかん。ほんま、おもろい飲み会ならかまへんけど、愚痴ばっかりのオヤジらとの飲み会じゃ、苦痛極まりない。」
「二代目も大変やね。」
 ははははと乾いた笑いをこぼしたけれど、彼はすでにすーすーと寝息を立てていた。自営業でも昼休みは一時間なのだろかと心配しつつも、とりあえずお弁当をたいらげる間は寝かせておこうと毛布を掛けてあげた。
 お弁当をたいらげたら、途端にわたしはまた手持ち無沙汰になった。無意識にペットボトルを両手の中で回していると、残り少ないお茶がちゃぽちゃぽと音を立てた。
 陽が暮れるまで、みんなが集合するまで、時間を逆算するとため息が出そうだった。今年のお役目を果たしたら、当分はこの退屈から逃れることはできる、あとはそう言い聞かせて、やり過ごすしかないなと思ったところで、今年で六年目のこの会もあと何回続くのだろうかと木下くんを横目で見た。が、薄く口を開けて寝ている彼の顔に答えが書かれているはずもなく、そろそろ起こし時だろうと強く肩を揺すった。

 なかなか起きない木下くんにいい加減手を焼いていると、おーい、と言う声が遠くから聞こえた。桜の咲き乱れる丸山公園は昼を過ぎていつの間にか行きかう人の姿も増え、その人垣の向こうから自転車に乗ってベージュのコートの裾をひらひらさせながらサジがやって来た。
「お疲れ。」
 サジはブックファーストのカバーの掛かった本を渡してくれた。
「これ、四五時間で読めるかー?」
「おもしろいから、読める読める。もう昼は食った?」
「うん、木下くんにお弁当差し入れてもらった。」
「で、こいつはなんでここで寝てんの?」
「寝不足やねんて。でも、起こしてるけど起きひんねん。もう昼休み終わると思うねんけど。」
 サジは任せとけ、と木下くんに手早く逆エビ固めをかけた。技をかけられた木下くんはシートを掌で叩きながら、もう起きたってと怒鳴った。そして左腕の時計を見、またなとあわてて帰って行った。
「今日はみんな集まんの?」
「ゲンさんとこには、実が行けるかどうか危ういという以外は大丈夫みたいやで。扶美は早く来てくれるらしいけど。」
 缶コーヒーを飲み終えるとサジもあわただしく立ち上がったので、わたしはそれを制して、トイレに行かせてと彼を再び座らせた。
 寒さがだんだん身に沁みてきたなと薄い影のできた日向で体をほぐして戻ってくると、シートの上に人が増えているのが見えた。白いうなじがちらっと見えるラインで揃えられた茶色い髪が、サジの大きな声と体にシンクロするように揺れていた。

「お疲れー。」
 午前中だけ仕事をしてきたはずの扶美は一度うちへ帰ったのか、ジーンズ姿で傍らには大きなカバンを置いていた。
「じゃあ、オレ行くわ。また夜にな。」
 扶美はじゃあねーとサジを見送った笑顔のままで、わたしのほうへと振り向いた。
「サジ、痩せたね。」
 そうやねと答え、扶美とふたり視線を合わせてひっそりと笑った。それだけで充分だというように扶美は表情をくるっと変えて笑顔になり、大きなカバンに手を突っ込んだ。
「そうそう、たのやん、寒かったやろ? 湯たんぽ持ってきたよ。」
「あー、ありがたい。じっとしてると底冷えしてきてさぁ、さっきからトイレ行ってばっかりやねん。」
 渡された湯たんぽを抱きしめていると、思わずオヤジくさい声が漏れた。扶美はそんな声出して、と嗜めながら、カイロにマフラー、ウインドブレーカー、そして小さめの座布団など防寒グッズを次々に披露した。
「さすが、扶美。」
「去年の教訓です。」
「そっか。ま、あとでお礼にうちのビール、浴びるほど飲んでなー。」
 酒造メーカーに勤めるわたしは、毎年この花見に一ダースのビールを差し入れするのが常で、今年は場所取り役になったため、夕方営業部にいる後輩にここまで届けてもらうように頼んでいた。
「時間、潰せてた?」
「全然。サジに本頼んだくらい。でもいらんかったわ。こんなに早く来てくれると思わへんかった。」
「仕事昼までで上がれたしね。ゲンさん、幹事や言うても自分は事前の段取りと後片付けだけしかできひんし、行けたら早めに行ったってって気にしてた。」
「それで充分やのにね。忙しいんやっけ?」
「どうやろ? 今日は定時には終われるらしいから、休めへんだけなんちゃう?」
「そうそう、今年のゲンさんの案内、直筆やったやん。みんな最近はメールやのに、さすがザ公務員やと思ったわ。」
「わたしも何ごとかと思った。仕事中、黒い腕カバー付けてるだけあるねー。」
「そうやった、そうやった。それ何年前に聞いた話やっけ。」
「うーん、就職した次の年かな。いや、その次の年か。」

 扶美とふたりになって、閉じがちだった口も滑らかになり、心なしか陽射しも強くなってきたような気がした。話題が、お互いの仕事に恋愛、洋服や化粧品などの話と、いつものパターンで進んだところで扶美の携帯が鳴った。
「あ、ゲンさんや。」
 扶美はボタンを押し、一言もしゃべらないままわたしに電話を押し付けた。
「あ、たのやん。電話したのに。」
「ごめん。バイブにしてたから、気づかへんかった。」
「しゃべりに夢中で、の間違いちゃうんか。オレ定時に終わったら、木下と買出しして行くから。たぶん予定通りに行ける。」
「あ、木下くんがおつまみばっかり買いそうやったら、止めてや。リストどおり、ちゃんとお惣菜とかお寿司とか買ってきてよ。」
「わかってる。じゃ、あとでなって、忘れるところやった。実からメール来てたから、転送しとく。」
 はーいと間延びした返事をすると、ゲンさんは父親のようにはーいじゃなくてはいだろ、と言い残して電話を切った。
 わたしは着信アリと表示された携帯を開き、転送されてくるメールを待った。画面はすぐに羽のついた封筒のイラストが現れ、手の中で携帯が小さく震えた。メールを開封すると、見慣れたはずの文字なのに、筆不精の実からだと思うと携帯で初めてメールを受信したときのようなきもちになった。

「今年も危うい。でも酒を飲みながら久しぶりの桜をゆっくり見たいので、できるだけ頑張ります。」

 横から携帯を覗き込んでいた扶美は、電気メーカーの研修室勤めの、実が相変わらず一番忙しそうやねと呟いた。
「このさ、久しぶりの桜って、なに。」
「さあ。」
「桜が一年ぶりなのは、みんな一緒やのにね。」
「ほんまやわ。」
 一瞬、頭上の桜を写メにして実へ送ろうかと思ったけれど、ここは願掛けだと携帯を閉じた。三十を前にしてそれぞれが手に余るものを抱えている中で、みんななんとかこの集まりにはスケジュールを調整してやって来る。けれど、去年そろそろ片付けようかと言い始めたころにやっと顔を出した実が、一番今年のこの会に強い思い入れがあるのは間違いないようだ。
「でも毎年咲くのに、なんでこうしてこぞって見ようとするんやろ。自分も含めてやけど。」
 いつもの桜の木を去年と同じように下から見上げながら、わたしは小さい声で言ってみた。半分ひとり言のようなものだったから、扶美からの返事がないことは気にしていなかった。むしろちょっと神妙に言ってしまった自分の言葉を聞き流してくれてよかったかも、と思ったところで、扶美がぽつりと呟いた。
 同じように見えて、来年の桜は違うかもしれん。

 宴まであと五時間。それはとてつもなく遠いように感じる。でももっと長い時間を経る来年、再来年、五年後、十年後のこの桜が実は待ち遠しい。ただし、当分副幹事のお役目が回って来なければ、だ。
 わたしはちょっとごめん、とせわしなく立ち上がり、扶美に笑われながら今日三度目のトイレへ走った。





 ◆お題     「湯たんぽ」 「自転車」 「久しぶりの桜」
 ◆出題者   caosoiサマ
 ◆caosoiサマ へ
 第2幕のオチじゃなく、トリにふさわしく(?)、たくさん人を登場させたました。
 嘘です。意味はありません。
 桜、というキーワードが花見、宴会を連想させたもので。

 ふたつも「さんご」に応募するなんて! 大胆不敵!
 いえいえ、ご参加ありがとうございます。
 書いてて長いなーと思いましたが、半分くらい会話やし、まあええかと。
 書きながら、久しぶりの桜が見たいと思っていました。
 春ためらい、なんて書きながら、ひと足先に春を味わった感じです。
 ありがとね。
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by fastfoward.koga | 2008-03-15 21:02 | さんご | Comments(2)

おばかさん

 一日が、めまぐるしい。
 それが、自転車の車輪のように前に進んでいるならいいけれど、自分は独楽のように回っているだけだ。
 くるくるくるくるくるくるくるくる。

 頭の中に多種多様なものが、浮かぶ。
 でもその存在が明確なもである時間は短く、存在に気づいたときに掴んでしまわないとあぶくのように消えてなくなる。
 1度消えたものをまた元の形に戻すのは、容易ではない。
 時間も手間もかかるし、タイミングを逃すことだってある。

 今日も1日、ばたばたと音を立てるわたしの足音同様、過ぎ、終わろうとしている。
 いつもより遅く、少し疲れを引きずって会社を出た日は、必ずそうだ。
 駅までの道を、アスファルトに靴音を響かせ歩いていると、自分の中からなにかがさらわれてゆく。
 お腹のあたりが、すーすーする。
 ぽっかりと穴が空き、空洞ができている。

 わたしは、ときどきそれを、お腹がすいたと勘違いする。
 甘いジュースやチョコレートで満たそうと、無駄なカロリーを摂取する。
 
 そろそろ気づいてもいいころだ。
 それはお腹がすいているのではなく、人恋しい。
 そういうきもちだと。
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by fastfoward.koga | 2008-03-13 22:52 | 一日一言 | Comments(2)