言霊の幸わう国

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浄化する

 あと数時間で、1年の折り返し地点に到達する。
 明日からは、復路だ。

 往路のいらないものをリュックに詰めて、旅先で粉々にしてばーっと海に撒いてこよう。
 愚痴愚痴するのも、嘘をつくのも、取り繕うのも、やめにしたい。

 明日からの半年は、澄んだ清い水のようにすいすい流れてゆきたいのだ。


 ということで、今年も誕生日を前に旅に出ます。
 その名も、浄化の旅。
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by fastfoward.koga | 2008-06-30 22:27 | 旅行けば | Comments(2)

DNA

 ハハによく、チチに似ていると言われる。
 最近のことだ。

 10代、20代のときは、表面的な性格は圧倒的にハハ似だと自覚していた。
 ムキになって意見を主張するところ、几帳面さ、人付き合いでのほどほどな要領のよさ、テキパキ加減。
 学生のころ、PTAで学校によく出入りしていたハハの立ち振る舞いを見た先生に、おまえはお母さんによく似ているな、と言われたことがあった。
 当時はうれしくはなかったけれど。

 それが歳を重ねるごとに、チチの行動に理解を示せることが多くなってきた。
 ハハはわたしとは逆で、なぜこんなことをするのか、あんなことをしたのか、と疑問に思うことが多いようだけれど、わたしがこうじゃないの? と解説するとふーんと納得したのかしないのか、曖昧な返答をする。

 わたしがチチに似ているところは。
 本をたくさん読む。
 さみしがりやのくせに、素直にそう言えないところ。
 世話焼き。
 道に迷っても、とりあえず思った方向にハンドルを切る。
 頑固で、ひねくれ者。
 色が白くて、耳が立っているところ。
 よく寝る。

 そういう、ひとつひとつにDNAを感じる。

 一方で、手先が器用なところや、辛抱強いところは残念ながら似なかった。
 チチの性格や性質の中でひとつだけ授けてもらえるなら、手先の器用さをきっと選ぶだろう。
 こどものころは、チチにはできないことはないんじゃないかと思っていたくらいで、今でもチチが職場で作ったものを見ては憧れに近いため息を洩らす。

 でもこうして書きながら、両親に似ているところと似ていないところを考え、ふと思考が立ち止まる。
 似たくないと反面教師にした性格も行動も、ふたりのそれがなければ生まれなかったことなのだ。
 結局は、どちらにしてもDNAの成すことか。
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by fastfoward.koga | 2008-06-28 21:35 | 一日一言 | Comments(4)

60キロライン

 休みの度にベスパに乗ってどこかへ、と思っていた。
 が、時期は梅雨。
 なかなか出かける先とお天気が合わず、通勤での数キロの往復でしか乗ることができていなかった。

 今日はこっちのスーパーと、ちょっとあっちの遠いスーパーと、とたいした場所ではないけれど、雨が降っていないのをいいことにベスパに跨った。
 ひさしぶりに国道を走り、ええい! とアクセルを回してスピードを上げた。

 境界線は60キロ。
 ギアをトップに入れると、体の心からぶわっと発散される勢いを感じた。
 何度も、飛ぶ、と思った。

 相変わらず、風に乗って空に舞い上がっていけそうだった。
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by fastfoward.koga | 2008-06-25 23:59 | 一日一言 | Comments(0)

未完成の完成

 通信教育のテキスト「決断・実行力強化コース」の3冊目も、そろそろ読み終わりに近づいたころ。
 後悔や未練はスッパリと断ち切れ、とか、修羅場を乗り越えてきた人は強い、とか、肝心なときに逃げるな、といった教えの中から、急にふわっと湧き出した言葉があった。

 未完成の完成。

 噛みしめていると、じわじわっと記憶が抽斗から溢れてきた。

 誰のことを指した言葉なのか、忘れもしない。
 10代の後半から20代半ばまでで、何度も振られたあの人のことだ。

 当時はうじうじしっぱなしだったから、失敗しても挫折しても、これぐらいでくたばるものかと立ち向かってゆくその人に憧れていた。
 嵐の中でも体を前傾にして前に進む、そんな姿が容易に想像できるような、粘りといい意味のずうずうしさを持っている人だった。

 10数年前の記憶をかき混ぜていると、なんだか自分は奢り高ぶった人間になってしまったなと急に思った。
 振り返ると30も過ぎ、すっかり一人前のような顔をして、もうわたしはこれ以上変わることはできないと開き直った態度をとっていた。
 変わりたい思いはあるくせに、この性格は変わらない、このやり方は変えられないと、世界が変わることをどこかで、密かに待ち望んでいた。

 こんなことは、今まで何度も何度も思ってきたことなのに。
 また同じ穴にはまってしまうとは。

 今のままでは、この世に遺せるものなどもちろんない。
 遺したと思っていたのは幻で、たかだか不良品だ。
 その不良品を、わたしは完成品だとどこかで思い込んでいた。

 あのときあの人に感じていた強さを思い出していたら、すーすーする胸の中にぐっと大きな石のような重みを感じた。
 テレパシーで力が送られてくるかのようだ。

 その湧き上がった力で、ちゃちなプライドを磨いて不良品を未完成品にしたい。
 もっともっと尖らせて、闘うなら剣に、疲れたなら杖に、次の足を踏み出すことを諦めてしまわないためにもう1度。
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by fastfoward.koga | 2008-06-24 23:18 | 一日一言 | Comments(0)

地団駄踏み足りず

 数日前、時刻表を新調した。
 新しい、ぴかぴかの小型全国時刻表。
 ページを捲る感触が、これまたなんとも言えない。
 買ってから、飽きずに毎日めくっている。
 メモ書きに、夏休みの旅の予定を何コースも考え、ああでもないこうでもないと頭を捻っているのだ。

 あっちも行きたい。
 こっちも行きたい。
 と、駄々をこねていると、長いはずの夏休みも短い。
 実際もあっという間に過ぎるのだろう。
 今も、地団駄の踏みどおし。
 旅の途中も踏みどおし。

 仕事やめて、1年くらい放浪したい。
 という思いが、冗談じゃなく沸々。
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by fastfoward.koga | 2008-06-23 22:31 | 一日一言 | Comments(6)

拾ったものが捨てられない

 朝から大雨、と思って長靴を履いて仕事に行ったら、バスの中で雨が上がり始めた。
 せっかく履いたのにと、会社までの道のりをゴムのぺこぺこする音をさせて歩いた。

 今日は、変なお天気だった。
 雨が止み、晴れ間がさしたかと思うと真っ黒い雲がまた空に広がり、吹き降りの雨を降らせ、また勢いをなくし、帰るころには傘なしでもいいくらいのお天気になっていた。

 土日の空いたオフィス街の道を歩くのが、すきだ。
 まだぼんやりと街全体が眠っているようで、人の少ない通りを歩いていると眠いけれど早起きした甲斐があったような気さえする。
 オフィスの中もがらんどうで、必要な場所だけつけた電気が、人の少なさをより一層際立てる。

 お手洗いにと、エレベーターホールを抜けようとしたとき、向かい側のビルの2階ほど下にある窓のそばで女の人が佇んでいるのが見えた。
 気になってしばらく見ていると、ときどき手に持っているものを口元へ運んでいるので、窓の外を見ながらぼんやり飲み物を口にしているのだなとわかった。
 わたしはそれを見ながら、しばらくぼんやりした。

 わたしのいる階は9階。
 同じような高さのビルやマンションが多いので、それほど見晴らしがいいわけではないけれど、先日いいお天気だった日の夕方、同じエレベーターホールで夕陽の残像を見た。
 太陽自体はビルに隠れ見えなかったけれど、そのとき高い場所にいれば、地上にいるよりもずっと長く、いつまでも夕陽を感じることができるのだなと思った。

 見上げる空は、どんよりと重い思い曇り空。
 地上にいるよりは、どうにかがんばれば手が届かないでもないような気がする。
 そんな近さ。

 人のいない場所は思考回路が回りやすいようで、すーすーする頭の中を、小さな日常の拾いものを見つけるところころと転がしてしまう。
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by fastfoward.koga | 2008-06-22 21:07 | 一日一言 | Comments(2)

「さんご」に挿絵

 なんだかずっと遠いことのような気がするなぁ。
 といった感のある「さんご 第二幕」ですが、一幕同様、「イラストハイランド」の芳さんがまた挿絵を描いてくださいました。
 ぜひ、遊びに行って見てみてください。

 こちらをぽちっと。 → 
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by fastfoward.koga | 2008-06-21 13:32 | さんご | Comments(4)

音がする

 朝、台所で雨が降り出す音を、耳が捉えた。
 感覚が間違っていないかを確認するため、大きな窓のそばへ行き、白いカーテンを少しずらして空を見上げた。
 確かに、雨は降り始めていた。

 旅先で、川がそばにあると、よく雨が降っているのかと勘違いした。
 夜眠りながら、雨が降ってきたのかと、ふとんの中でとまどろんだ。
 朝起きて、障子やカーテンを開けて、晴れた空が見えるとがっかりするような、ほっとするような複雑なきもちになった。

 今は、大きな滝のそばにいるような音が外でしている。
 あまりのうるささにテレビの音が聞こえず、蒸し暑さよりはと窓を閉めた。
 こんな雨じゃ、外にいたらひとたまりもなくずぶ濡れになるだろう。
 
 今日はこの雨の音で、そばの川にいるカエルの合唱は聞こえない。
 実は子供のころからずっと聞いていた、子守唄みたいなカエルの泣き声。 
 
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by fastfoward.koga | 2008-06-20 21:10 | 一日一言 | Comments(4)

おいしいごはんを

 最近特に。
 自分も含め、人の食事の作法や仕草が気になる。

 昨日、醍醐寺に行く前にとんかつ屋さんにお昼を食べに入った。
 大きなテーブルに通され、座った席の斜め前に、わたしより少し若そうなサラリーマンがひとり座っていた。
 彼は携帯を操作しながら、体を斜めにしたままカツ丼を食べていた。
 それだけでも嫌だなと思っていたら、食べ終わった器にもごはん粒や野菜が中途半端に残されていた。
 見ると不快感が湧き上がってくると、失礼ながら自分の食事が運ばれてくるまでに帰らないかなと、心の中で祈っていた。 

 が、一難さってまた一難。

 望んだどおりサラリーマンが帰って、ほっと一息ついたら、店の奥に座っている女性が肘をついて食事をしていた。
 お茶碗を持ち上げているのはいいのにと、人ごとながらガックリと肩を落とした。

 それだけ、重箱の隅をつつくように人のことが気になるのは、自分のことが気になるからだ。
 箸の上げ下げ、器の持ち方、食材の扱い方。
 年々雑になっているような気がして、仕方ない。
 
 ずっと前に、一緒に食事をしている相手の食べ方が気になって、食べ物が喉に通らなかったことがあった。
 そのときは食欲がないのかと思っていたけれど、あとで考えるとその人と一緒に向かい合って食事をしているときだけ、そうだったと気がついた。

 神経質すぎると思う部分もある。
 が、一緒に食事をしている人に不快感を与えないというのは、最低限の食事のマナーだと思うきもちもある。
 おいしく食べるためにはやっぱりそこは譲れないなと、思う今日この頃。
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by fastfoward.koga | 2008-06-17 20:24 | 一日一言 | Comments(6)

熱の源 ・・・醍醐寺

 気が向いて、今日は醍醐寺に行ってきた。
 今年の初めから、せっかく近くに住んでいるのだから京都の世界遺産の寺社仏閣巡りをしていきたいなと思っていたのだ。

 なぜか醍醐寺は、雨のイメージがあった。
 けれど、今日手にしていたのは黒い日傘。
 夏を感じさせる陽射しを避けて避けて、駅から醍醐寺まで坂道をぶらり歩いた。

 まず立ち寄った三宝院は、広い大玄関を抜けて廊下を歩くと、ところどころで床がぎしぎしと音を立てた。
 廊下を歩いているのは、わたしひとり。
 別に咎める人がいるわけでもないけれど、なんとなく爪先立ちで、葵の間、秋草の間、勅使の間を順に覗いて歩いた。
 その先には、有名な庭園。
 そこは想像していた以上に広く、歩く10センチごとに表情を変えた。
 真ん中を少し越えたあたりで腰を下ろし、膝を伸ばして見上げると、美しく整えられた庭の向こうに山が見えた。

 その濃い緑の山の姿が、ほっとした。
 山のそばは安心できる。

 三宝院を出たあとは西大門をくぐり、五重塔を目指した。
 そびえ立つその塔の高さに思いを馳せたあとは、弁天道へと歩を速めた。
 陽射しから夏との距離が縮まっていることを知ると、知らず知らずのうちに日陰を求めたようで、木々がうっそうと茂る場所まで来るとやっと歩き方に落ち着きがでた。

 弁天堂まで行って折り返し、最後に金堂の薬師如来坐像の前で手を合わせた。
 誰もいなかったから、気が済むまでじっとそうしていた。
 そうしながら、このためにここへ来たんだなと思っていた。

 合わさった掌は、だんだん熱くなってきた。
 熱は力だと思った。

 気が済んで手を離したあと、少し赤い掌を見てから指を折り曲げた。
 湧いた力を逃がさないように。
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by fastfoward.koga | 2008-06-16 20:44 | 一日一言 | Comments(4)