言霊の幸わう国

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天寿

 今週の初め、くるりのライブを見がてら名古屋へ出かけた。
 東北旅行で使い切れなかった18きっぷを使おうと、在来線をいくつも乗り継いで行った。
 その途中、指輪を失くしてしまった。

 朝右手中指に納まっていた指輪は、指先の乾燥が気になってハンドクリームを塗ろうとして、電車の4人掛けのシートの窓際にある小さなテーブルの上に外して置いた。
 そして、そのまま。

 旅先や出先で、アクセサリーをよく失くす。
 新潟の村上でブレスレット、鹿児島と富山でピアス。そして去年の京都音楽博覧会で、指輪。
 ホテルに忘れてきてちゃんと手元に戻ってきたものもあれば、気づいたら片耳にピアスがないことに気づいて途方に暮れたこともある。
 どうしようもないこと半分、そうでもないこと半分。
 正直、どれもそうそう高価なものではない。
 でもプレゼントでもらったものは相手が今も大切なら、取り戻す努力は最大限した。
 そうでもないものは、しなかった。
 どこかで、離れていったことに納得する自分がいた。

 まだ学生だったころ、チチハハが伊勢に出かけたときにおみやげにと黒真珠のピアスをくれたことがあった。
 黒真珠は魔よけの意味があるんやってと、言いながら手渡された。
 わたしはうれしくて、早速身に付けた。
 付けている間は、耳の上でくるくると回していた。
 でも、気づくと片方が耳の上から失くなっていた。
 うちに帰ってからおずおずとハハにそのことを告げると、「ひとつ悪いことから守られたのかもしれんよ」と言われた。

 ひとつずつアクセサリーを失くすたび、どれもが魔よけとなってわたしを悪いことから遠ざけてくれていると思っているわけではない。
 でも失くしたことに気づいてがっかりしたあとに押し寄せてくるのは、しょうがないなという思いだ。
 頭と心のどこかで、どれもが天寿を全うしたのだと固く思う。
 以前、海でやっぱり指輪をなくしたときも、お役目御免と海に帰っていったのだとひとり頷いた。

 失くしたばかりの指輪は1番よく付けていたものだから、思い出すと少し浮腫んだ日に付けたときの締め付け感が指に蘇る。
 失ったことに納得はしているけれど、それは寂しいきもちにさせる。 
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by fastfoward.koga | 2008-08-29 22:56 | 一日一言

閉じる口

 夏風邪の喉の痛みのせいで、今日はあまり口を開かなかった。
 温かいお茶に、のど飴2種類、喉スプレーを常備し、いつもより静かにデスクで仕事をした。

 1日を終え、これくらいがちょうどいいと自分で思った。
 口にできない思いがお腹の中でいつも一定量あって、それが最近重いのか気づくと右手を胃のあたりを擦っていた。
 とにかく口を開こう。
 言葉を出そう。
 と、思って実際にそうしたこともある。
 でも調整がうまくいかず、言い足りなかったり、言い過ぎてできあがりが最終的に違うものになったりした。

 それが、なんとなく今日、ちょうどよくできた気がした。
 言いたいと思った言葉を、無理矢理飲み込もうとしたのでも諦めたわけでもない。
 もういいかと、自然に、流れるようにするっと思っただけだ。
 消化不良をおこした様子はない。

 イライラすることが多いことに対して、余裕がないからだと結論付けた。
 だからイライラしたら、なぜそうなるのかを考えて、次に余裕があればと想像することにした。
 今日感じたちょうどよさは、そのあれば、の想像に似ている。

 口にすれば万々歳。
 ではないのなら。
 熟成させたほうがいいのか。
 ならしばらく静かに、できるだけ穏やかな顔をしていよう。
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by fastfoward.koga | 2008-08-27 22:01 | 一日一言

夏風邪や

 出先の冷房にやられた。
 喉が痛いなと思ったが最後、今日は朝からうがいとのど飴のくり返し。

 今年の冬は風邪をひかずに越せただけに、がっかりしている。
 連勝記録がストップしたようなきもち。
 しかも夏風邪って。
 プロ野球選手が、大学生と試合をやって負けるような感じか?

 予防はしてきたつもりだった。
 うがい、手洗いもちゃんとしてた!
 でも、結果はこれだ。
 っていうか、だいだいどこも冷房効きすぎ。
 誰のためやねん! と、いつも思う。
 でも男の人は、平気そうな顔してはるんよなぁ。

 普段の通勤電車でもカーディガンかストール、会社ではひざ掛けが夏でも手放せない。
 どうしてこう生きにくいねん! と、毎日怒り気味。
 最近冷え性もきつくなってきたしなぁ・・・。
 歪み同様、体のガタをひしひし感じる今日この頃。

 とりあえず、はよ寝よ。
 葛根湯、効いてくれるといいねんけどな。
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by fastfoward.koga | 2008-08-26 20:25 | 一日一言

まるっと

 吹く風がめっきり涼しくなった。
 天気予報の最高気温32度に、それだけで涼しさを感じる。
 体感温度3度の差はやはり大きい。
 お盆を過ぎた途端に落ち着いた暑さに、夕方傾く陽の光。
 夏の終わりが近づいていることに気づかされる。
 先日の400メートルリレーの絶妙且つ華麗なバトンパスのように、季節もそのうち移り変わってゆくだろう。

 わたしは元来、かなり重症の肩凝り&首凝り持ちだ。
 朝起きて疲れていない枕を探し求めたり、足ツボマッサージに行ったり、整体に通ったりと、凝りを解消するためいろいろやってきた。
 それでもこの数年は凝りからくる偏頭痛も少なくなり、頭痛薬のお世話になることも年に数回といった具合だった。
 それだけで凝りが解消されているとは思っていなかったけれど、それなりにピークは越したかと自己判断していた。

 が、しかし、だ。
 ここ数ヶ月仕事に集中できないくらいの凝りを感じるようになり、仕事中に始終首を回し、肩を回しとせわしなく動くことが多くなっていた。
 あまりにひどいときは懲りのせいでイライラしたりと弊害も起こり、そこまできてやっと凝りと痛みに慣れたせいで体が鈍感になっていたと気づいた。

 きもちが病むから体が病むのか、体が病むからきもちが病むのか。
 懲りの原因である体のあちこちの歪み(ゆがみ)を自覚し、同時に精神の歪み(ひずみ)にも意識をし出し、暗中模索のシーズンに突入した。
 その一方で模索が続くことへのストレスから微妙な体調の変化が起こり、微妙なくせにそれを制御できない自分に苛立ったりと、輪をかける悪循環に太刀打ちもできず全身を任せたりもしていた。

 もがいてもがいてもがいてもがいて、やっと先日体の歪み(ゆがみ)のひとつに手をつけた。

 つくづく、歪み(ゆがみ)なんてものは渋滞と一緒で、どこが始まりだったのかなんてわからない。
 骨盤、背骨、首、肩、顔のパーツ、そして噛み合わせ。
 どれもこれもずれていた。

 施術してもらって1番驚いたのは、いかに自分の口が開いていなかったか。
 噛みあわせはもうかなり以前から悪いことを自覚していたけれど、今ならわかる。
 感覚的には、今の4分の3くらいしか開いていなかった。
 最近食事の最中に食べこぼしが多い理由に、合点がいった。
 今は普通に口が開くことがうれしくて、こどものように何度も意味なく口を大きく開けたり閉じたりしている。

 たった1回の施術で、すべての歪み(ゆがみ)がとれるわけではないし、精神の歪み(ひずみ)もなにもなかったように消えてなくなるわけではない。
 でもひとつ治すだけで、気づいたことがある。
 歪み(ゆがみ)も歪み(ひずみ)も、治して直すしかない。

 体の歪み(ゆがみ)は、生活習慣で楽なほう楽なほうへと体が動いてしまうので、かなり意識していないとすぐに体は元に戻る。
 それでも、治そうと思うなら治すしか手立てはない。
 放っておいたら、もっと歪む。

 施術後鏡を見たら、おかしなことにお面を外したかのようにスッキリした顔をした自分がいた。
 その日は何度も何度も鏡を見た。
 いつごろからか見られなくなっていた、自分の顔だと思った。
 ついでに同じ日に重かった髪も切ってさっぱりし、さらに憑き物が落ちた、と確かに感じた。
 
 今年の目標にわたしは「変わろうとしないこと」というのを掲げたけれど、今もそれは同じきもちで、変わろうとするのではなく元々の自分に戻りたいなと思う。
 季節が流れる水のように滞りなく進むのと同じくして、わたしもせめてコロコロと転がれるように歪み(ゆがみ)と歪み(ひずみ)を少なくして、限りなく丸に近づきたい。
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by fastfoward.koga | 2008-08-24 21:41 | 一日一言

贅沢

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 今日は、チチの奢りで両親と貴船の川床、「ひろ文」で昼食をいただいた。
 以前貴船の天然クーラーと言われる風の冷たさに驚いたので、今年は袖が長めの洋服を着ていった。
 貴船はそりゃあもう涼しく、下界よりも確実に2、3度気温が違うだろう。
 曇り空だったこともあるけれど、たいして汗もかかず過ごす日中はとても心地よかった。

 ひと足先に出かけたチチハハを追いかけ、ひとり京阪電車から叡山電車に乗り換え、貴船口に到着したのは12時前。
 駅には同じように川床へ向かう人たちで賑わっていた。

 鴨川の床もここ数年行っておらず、久しぶりに床を満喫した。
 川音が始終聞こえる中、2時間半かけて食事をいただいた。
 チチの奢りだけあってさすがにどの料理も当たり前においしく、薄味のうまみを感じる品々に満足した。
 そういう料理を食べると、あー京都に生まれてよかったなと思う。

 しかし、ゆっくりした食事とボリュームにやられ、この時間になってもお腹は空かず。
 当分口にできない贅沢を、今晩はまだじっくり味わえということかな。
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by fastfoward.koga | 2008-08-20 20:51 | 一日一言

旅跡  Ⅷ 非一体感

 巨木が気になる。

 もともと東北へ旅をしようと思ったのも、昨年のJR東日本のポスターを見てからだ。
 南九州を旅しているときに目に付いたそのポスターには、青森の金木にある十二本ヤスが映っていた。
 薄れているもののわたしの頭の中では、うっそうと茂る葉の隙間から射す木漏れ日とその巨木の周りにこどもたちがたくさんいた気がする。
 とにかく巨木の存在感が圧倒的で、ほーっとため息をつかせるほど神秘的だった。
 そして思ったのだ。あぁ、来年はここへ行こう、と。

 でも時間が過ぎるにつれてその思いは霞み、いつしか消え、思い出したのは山形の新庄駅だった。
 電車の乗り継ぎに時間があり、立ち寄った駅隣の観光案内所にで最上の巨木のパンフレットを見つけた。
 そしてそこで、そうだったと旅の始まりに、振り出しに戻ったのだ。

 巨木と言えば、3年前に佐賀を旅したときも目にした。
 国の天然記念物に指定されている有田のイチョウだ。
 その日は風のある日で、遠くから眺めている間にざわざわと騒ぐ葉の音に誘われるように近づいていった。
 そばに寄ると、掌で触れるだけでは物足りず、恥ずかしくてできなかったけれど、できることならその大きな幹に精一杯腕を広げて抱きついて、頬を寄せて木の中心から聞こえる音に耳を傾けたかった。
 ほんの短い間で、巨木の持つ安心感と重厚感に魅せられたのだ。

 今自分の掌を灯りにかざすと、巨木を欲しているように見える。
 どんな種類の木でもいい。
 ざらざらとした感触を感じてみたい。
 撫でても撫でても、ひとつにはなれないその相容れないもどかしい感じを味わいたい。

 そうやって頭の中が巨木でいっぱいになったとき、辿り着いた。
 どの町の懐にも入れず、さまようことにきもちがしょげてしまっていたけれど、どこにも行けないと行き詰るよりはいいとやっと思えた。

 欲するものがある限り、否が応でもきもちはさまようのだ。
 たとえ手に入れたとしても、もっともっとと欲するものもあるかもしれないし。
 なんて、それは欲張りか。 
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by fastfoward.koga | 2008-08-17 21:39 | 一日一言

旅跡  Ⅷ 祭りの前

 東北にはお祭りが多い。
 今回はその隙間をすり抜けるように旅をし、訪れる地はいつも祭りの前だった。
 どの町も1年に1度の祭りを控え、浮き足立ったきもちをちらつかせていた。
 夕飯を食べに町をぷらぷら歩くと、お囃子や太鼓の音が聞こえ、その音に誘われるように足を向けると、そこには祭りの支度に忙しい人たちの姿があった。

 地元にそういうお祭りがないわたしにすれば、祭りの前にそわそわする町と人の様子は好ましく、一方で羨ましく映ったけれど、旅の途中で会ったすきな人は慣れているのかそうでもなさそうだった。

 弘前、五所川原、青森、秋田。
 どこも祭りの準備に忙しく、通行止めを知らせる看板や祭りを知らせるポスターを見ていると、風に吹かれてどこからか運ばれてくる熱気に、1度は見なくてはと思わされた。

 特に五所川原の立佞武多(たちねぷた)は、3年間実際に使用したねぷたを「立佞武多の館」で見ることができ、なんの知識も持たずに時間つぶし程度でそこに入館したわたしは度肝を抜かれた。
 7階建ての高さもある立佞武多は、暗がりの中ライトアップされ、その大きさをさらに大きく見せていた。
 これが町を練り歩く。
 想像しただけで、ぞっとして震えのようなものがきた。
 思わず、半袖の腕を撫でた。
 小さなものを作る人も尊敬するけれど、大きなものを作ろうとし、実際に作った人の底力に恐れおののいた。

 見てみたいと思う。
 人が祭りに狂う姿を。
 でも見たら見たで、寂しくなるのだろう。
 祭りに視線を注ぐ群集の中で、立ち尽くして目が泳ぐ自分が見える気がする。

 まだまだ町の懐には入り切れない。
 臆病は、そう簡単には直らないのだ。
 でも、旅は続く。
 懐に入れずさまよう自分は何者なのかと、考えたりしながら。
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by fastfoward.koga | 2008-08-16 21:16 | 一日一言

旅跡  Ⅶ キープ

 今回の旅では、1通もハガキを書かなかった。
 メールも届いたものに返信しただけで、こちらから旅の様子を知らせることもしなかった。

 伝えたいことがなかったわけじゃない。
 ただ、書こうとするきもちと場所、タイミングが合わなかったのだ。

 置いてけぼり。
 書こうとすると、書こうとした言葉はホームを通過した電車のように、風を起こして遠くへ去っていったあとだった。

 それでも、持ち歩いていたメモには、その夜まで胸の中に残った言葉を記していた。
 旅の最中はもちろんいろんな感情が湧き、それを言葉に変換し、頭の中をいくつも飛び交っていたけれど、そのどれもが夜までもたなければそんなものはいらないと思っていた。

 そのメモは、まだ手元にある。
 でもこうして帰ってきてからも、ほとんど開いていない。
 書き記したことを無駄だとは思っていないけれど、今すぐそのときの感情を掘り起こして文章にはできそうにない。

 旅から帰ったらもっと思うように言葉が出るようになるんじゃないか、とうっすら思っていた。
 あくまでも希望的観測。
 その希望は結局希望のままで、いまひとつ背中を押すものがない。
 体の中にある澱を、ろ過し切らないと、きっと言葉が自然と湧き上がるあの状態にはならないだろう。

 今書いているこの言葉だって、どこか上滑りしている。
 でも、書く。
 書かないと、始まらん。
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by fastfoward.koga | 2008-08-13 21:13 | 一日一言

ヘッドフォンをした熊 ELLEGARDENを聴く

 この数日間、ずっとELLEGARDENを聴いている。
 買ったのはベストアルバムで、聴き始めたその日はながらでなにもすることができず、どんな音楽が鳴り始めて終わるのかとドキドキしながらベッドの上で聴いていた。
 昨日くらいからやっと耳に馴染むようになって、いつもより少し大きめの音量でかけながら、本や雑誌を開いて活字を追うこともできるようになった。

 わかりやすく、はまったなと思った。
 すとんと穴の中に落ちる、というよりは、その存在を認識した上でよっこらしょと下りる感じだ。
 今のわたしは、狭い穴の中で、でもその狭さがちょうどよくて、はちみつのことも忘れ心地よくヘッドフォンをしてELLEGARDENを聴いている熊のよう。

 そんなふうにわかりやすくはまったので、活動停止するというのは非常に残念。
 でも、このクオリティをキープできないのなら、仕方がないことなのだろう。
 1度だけでも、ライブを見てみたかったけれど。

 ELLEGARDENを聴くために、ぴたりと部屋でテレビを見なくなった。
 ダラダラとテレビをつけていたので、これはいい傾向だ。

 とにかくずっと、部屋に戻ったら寝るまで、ずっと聴いている。
 スピーカーから流れてこなくても聴けたらいいのに、と馬鹿馬鹿しいことを思ったりしているので、もっと耳に体に馴染ませたい。
 まだ胸の中でスースーする、空白を埋めきれてないのだ。


 教えてくれた、愛しの君よ。
 ありがとう。
 初めて音楽の好みが一致して、うれしいよ。
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by fastfoward.koga | 2008-08-12 23:34 | 一日一言

旅跡  Ⅵ 魔物の住む場所

 旅をしながら、この場所はわたしの場所だと3度確認するという出来事があった。

 1度目は、山形の山寺。
 2度目は、山形だか、秋田だかを走っていた車窓の風景。
 3度目は、金木から五所川原へ戻る、これまた車窓の風景。

 山寺は、今回どうしても行きたかった場所のひとつだった。
 気温が高くなる前にと、山形駅を7時55分に出る電車に乗り、山寺駅には8時14分に到着した。
 山寺の愛称で親しまれる立石寺には8時から参拝できるとガイドブックに書かれたので、これ幸いと、まだ人もまばらな中、900段近い石段の1段目に足を乗せた。

 せっかちな性格が踏み出す1歩をあせらせ、さすがに休み休みしながらも、息を弾ませたまま行き急ぐように上りきった。
 途中、自分の息遣いを耳の外と中で聞きいていると、音がなくなったわけでもないのに世界がシンとしているような気がした。
 山寺という場所と、自分が、向き合った瞬間だった。

 なにがわたしの場所だと思わせたのかは、あえて考えていない。
 ただそこにいるときに、きもちが添う感じがした。
 山寺に鳴き声を響かす蝉のように。
 名残惜しくて、その場を去ることに後ろ髪を引かれた。
 まだ旅は続くというのに。

 あとの2度は、どちらも線路が真緑の田んぼの中を走っているときだった。
 視界が横長の田んぼの景色は毎日のように見ることはあるけれど、線路の両端を田んぼが取り囲んでいる縦長の田んぼの景色、それも緑がざざざざと音が聞こえてくるかのように風に吹かれている姿は衝撃的だった。
 ただの田園風景。
 でも、空いた車内の前、そして左右の窓のあちこちから見えるその景色に思わず泣きそうになった。

 原風景とも違う、なにか浚われてしまいそうな危ういもの。
 窓を開けたら、ひゅっと体ごと持っていかれそうな。
 そんな、吸い込まれそうなほど強いものに泣かされそうになった。

 今なら、浚われてもいいなと思う。
 浚われたら、あとはどこへ辿り着くのやら。
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by fastfoward.koga | 2008-08-10 19:54 | 一日一言