言霊の幸わう国

<   2008年 09月 ( 18 )   > この月の画像一覧

怖いこと

 バスは出たばかりだった。
 細かい雨の降る中、次のバスを待ちきれずに暗い道をうちまで歩いた。
 今日も寒い1日だったけれど、ひたすら、黙々と足を動かし、家路を急いだ。
 うちに辿り着くまでに、カバンや上着には細かい水滴がついていた。
 それを拭っていたら、ふと急に自分を見失いそうになった。
 部屋の電気を付けた途端に暗闇が隠れたように、ざーっと引いてゆくものに連れ去られる感じがした。

 足元を掬われる。
 小波のように起こった恐怖心。
 これだから、肌寒い日は嫌なのだ。

 でも押しやられたり、しない。
 襲ってくる恐怖心は、単に疑心暗鬼になっているだけ。
 いつでも疑うきもちは胸の中で不安という名の種となり、ひとりで答えを出そうとそれに水をやって、結局嫌だ嫌だと言いながら自分が手をかけて成長させているのだ。

 信念あるのみ。
 信じたいものを信じるしかない。

 と、書いておかないと怖い。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-29 22:48 | 一日一言 | Comments(2)

吹き飛ぶ

 会社の子に、よく言う。
 自分が変わらなければ、相手は変わらへんで、と。
 しかしそう言いながら、自分のことは棚に置く。

 今日ネットで暇つぶしにやった心理テストで、気づかされた。
 人には厳しく、自分に甘く。
 なんと醜い姿。

 1度身構えると、相手の出方を見て、待ってしまう。
 あせらず、あわてず、と相手の真意を探って、結局は見逃すのだ。
 しかも三振。
 これでアウトだ。

 失敗して取り返しがつかなくなることも、傷つくことも正直怖い。
 もうそうならないように、慎重に慎重に、保険を掛けてばかりいる。

 大切なものとそうだけれどそれ以上に大切にしないといけないものが世の中にはあって、その選択時に迷う。
 バランスとタイミング。
 それがうまく計れない。
 しかも年々その傾向が強くなっているような。
 臆病風に吹かれすぎて、飛んでゆきそうだ。

 でも、自分が変わらなければ、相手は変わらない。
 のだ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-27 23:33 | 一日一言 | Comments(6)

交際歴18年

 先日休みを使って、重い腰をやっと上げ本棚の整理をした。
 苦し紛れに本棚のさらに上に小さな本棚を載せ、奥へ奥へと押し込んで、もう10年近く手にしていない本の背表紙を久々に見た。
 チョイスしたことが恥ずかしいようなものや、今ならもっと違う解釈で楽しめるかもと思えるものや、存在すら忘れていたもの、もう処分してもいいかなと思うものなど、抱く思いは様々あれど、どの本ともひっそりと再会を楽しんだ。

 わたしが本を読むようになったのは高校生のころで、本を買うと言うとお小遣いとは別に本代をくれるハハに毎回お願いしながら買っていた。
 そう言えば、そのころから借りて読むよりは、欲しいものは買う主義だった。

 定期的に本屋には足を運ぶので、だいたいすぐに新刊は目に付く。
 あとは陳列の仕方も本屋それぞれの個性なので、店員さんの紹介文や新聞の書評が一緒に並べたりされているのや、平積みにおぉっと思うセンスを感じたりしながら、ハードカバー、文庫、時には雑誌の棚を巡回する。
 好みを言うならやっぱり蔵書の数の多い大きな本屋がいいけれど、大きくても居心地の悪い本屋はあるもで、こんなに広いのになんでスカスカ(いろんな意味で)なんだろうな、と思う本屋だってある。

 わたしが1番気に入っているのは淀屋橋駅のブックファーストで、朝早くから夜遅くまで開いている時点で期待に応えてくれ、なおかつ狭いながらも品揃えがよく、特にハードカバーの棚ではよくやられている。
 吉田篤弘や堀江敏幸のハードカバーなんて、ない店には本当にないのに、あそこにはちゃんといくつか置いてある。とても、ありがたい。
 陳列の仕方もうまいし、入りやすいし、昨年職場が引越しするまでは週3以上で店内に足を踏み入れていた。
 今は毎日通勤で利用する駅ではなくなったけれど、ときどき行くとやっぱりいいなと思う。
 ただ新刊を紹介するのに書評をくっつけていて、ネタばらし的なことをするのがたまにキズだけれど。

 振り返れば、本との付き合いも長くなってきた。
 今回本棚の整理をして意外だったのは、久々に再会した本でも手にしたときにことを忘れずにいたことだ。
 どこの本屋で買ったとか、どういうきもちのときに手にしたとか、それぞれに思いがこもっていた。
 同じようにもう行かない大学の駅前とか構内の本屋とか、以前の職場の近くの本屋とか、そういう場所も思い出して懐かしさ覚えた。

 懐かしいタイトルや装丁を目にしたら、読み返したくなるものがほんとうにたくさんあった。
 新しい本が気になりつつも、しばらくは片っ端から手持ちの本を読み返そうと思っている。

 まずは、こんなに大人になりました、と表紙を開いてご挨拶。
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-26 11:52 | 一日一言 | Comments(2)

伝えたいきもち

 伝えたいきもちを、ずっと持っていて。
 それを伝える言葉やシチュエーションをいろいろ考えていた。

 でもどうもしっくりこないでいた。

 と、いろんな人が口にする言葉をたくさん耳にして、気づいた。
 今わたしが伝えたいきもちは、言葉で表現するよりも、触れて伝えたいのだと。

 なるほどー。
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-25 00:07 | 一日一言 | Comments(0)

鮮やかなモノクロ映像

 昨日は、降ったり止んだりの雷雨。
 チチハハが法事で出かけたので、わたしはひとりお留守番。
 うちにひとりいるという、久しぶりの空気が漂っているなと、こまごました用事を済ませるために階段を上り下りしながら感じていた。

 玄関で靴の整理を始めたころは西向きの玄関は薄暗く、でも窓からの弱い陽射しで困ることはなかった。
 ブーツを箱から出したり、サイズの合わなくなって処分する靴を選別したり。
 すると、ときどき手元がパッと明るくなった。
 来るぞ来るぞと、手の動きはそのままで耳だけ構えていると、ガラガラドッカーンと大きな音が鳴った。
 近所の犬がいっせいに鳴き出す。
 しばらく鳴き声が続き、また静かになると雷は先に光り、そして音をたてる。
 その予定調和的なくり返しが、おもしろかった。
 夏の名残のようだった。

 雷が止むと、雨が窓を打ちつけるように強く降り出した。
 バシバシと自分の存在を誇示するように、雨は降った。
 靴の整理が済み自分の部屋へと戻ったわたしは、その力強さに誘惑され、ロールカーテンを引き上げた。

 出窓に肘をつき、表の通りを見下ろす。
 濃い色に変わったアスファルトの上を、雨粒がいくつもいくつも落ちている。
 雨粒の大きさなのか、落ちる速度なのか、雨が地面を叩きつけている強さが見てわかる。
 跳ねと輪を描き、雨は飽きることがない。
 そのいく度となく見てきたはずの光景を見、わたしは自分が好んでいるものをそこで初めて意識した。

 動く水。

 流れる川。
 跳ねる雨粒。
 蛇口から噴出す水道水。
 湧き出る水。
 落ちる滝。

 同じ水でも、どちらかと言うと静かに水を湛える池や湖よりも、形を変える水に視線が止まる。
 それは、変化しながら不変であり続けるもの。

 こどものころ、蛇口から噴出す水の感触がおもしろく風呂場で遊んでいたら、ハハに怒られたことがある。
 あのなにが楽しかったのか、ハハに怒られることが少なかったせいか、よくそのときのことを思い出し、考えていた。
 きっと、動いて形を変える水が不思議で仕方なかったのだと思う。

 器の中に張ってしまえば、その中に手を入れてもさらさらと掴みどころがない水も、勢いを持たせるとものすごい力を感じさせる。
 プールでも掻いても掻いても自分との間に隙を作らせない水を、掬い上げて眺めたこともある。

 誰もいない薄暗いうちの中と、跳ねる水。
 もうずっと昔に染みついた記憶は、30年近く経っても色なんてないくせに、すっきりと鮮やかに体の中に残されている。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-23 00:56 | 一日一言 | Comments(2)

ビジョン

 最近、小泉今日子が気になる。
 永作博美も気になっていたけれど、やっぱり小泉今日子。
 露出が多いので、やたらと目に付く。

 35になったから、というわけではないと思うが、歳のとり方について考えることが多くなった。
 どんな36歳、年女になるか。
 どんな37歳、38歳、39歳、そしてどんな40、50歳になるか。
 そんなことを考えている。

 いつまでも若くありたいと思わない。
 でも若々しくありたいとは思う。
 痛々しい若作りより、生き生きした歳の重ね方をしたいのだ。

 体のあちこちが自己メンテナンスではどうしようもなくなってきたことを自覚した今、自分にとって大切なものはなんなんやろなーと考える。
 仕事、すきな人、時間、美しさ、プライド、ともだち、家族、眠り。
 なにをどうしてどんなふうにすれば自分が心地よいのか。
 うーっと唸るようなことがあってもがんばれるのか。
 今はまだ検討と実験をくり返す日々だ。

 数ヶ月前までは、なりたい自分をイメージすることすらできず底のほうでどんよりしていた。
 あれもいいな、これもいいなと言うのは簡単だ。
 でもほんとうになりたいものは体の中心から湧き出てきたものでないと、自分を動かす力にはならない。
 エンジンすらかからないのだ。

 で、小泉今日子が気になる。
 今日も帰りに本屋に寄ったら、「SWITCH」の表紙の小泉今日子に目が止まった。
 ぱらぱらと見る気もないのに捲って、すぐにレジへと向かった。
 電車の中では食い入るように読んだ。
 小泉今日子本人以外の人が見る小泉今日子の描写が、おもしろかった。

 でも気になるからと言って、別に小泉今日子になりたいわけではない。
 なれるわけもないし。
 ただ気になる人のなにが気になるのかを、自分で知っておきたかった。

 人身事故で遅れる電車を乗換駅で待ちながら、湧き出た答えは。
 凛としていたい。
 一瞬の判断力とそれを持続させる丁寧さを持っていたい。

 20代後半から30代の入口は、やっぱり若さにかまけていた。
 部分的につらくなることもあったけれど、断然年齢を重ねることの楽しさを知りつつそこですっかりいい気になっていた。
 が、年齢が止まるわけないのだ。
 生きている限り時計の針は進み、変化と不変の間でもがくことはもはや逃れられない。
 ということに、目を瞑って見ないようにしていた。

 ずっと昔すきだった人が、言った。
「なりたくないと思ってたら、よそ見してるとそっちにハンドル切るみたいに、なりたくない自分になるで。」
 もう10年以上前に言われた言葉を、今もときどき思い出す。
 なりたい自分を想像できるか。
 今も試されている気がするのだ。

「SWITCH」の表紙には、小泉今日子の名の下に「独りであることの美しさ」と書かれていた。
 惹かれたのは、きっとこれだろう。
 なりたい自分は映像化すると、小高い丘の上で風に吹かれながら背筋を伸ばして立っている姿になる。
 わたしの考える、そしてなりたい「凛」は、凛々しさなのだ。  
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-20 22:40 | 一日一言 | Comments(4)

あ、うん

 おとといの中秋の名月。
 前日の天気予報を見て、見られないだろうと思っていた。
 が、23時を過ぎてもしやとカーテンを引いて空高く見上げると。
 
 見えた。

 あっと携帯を手にしたけれど、時間を考えてやめた。
 一瞬にして湧いた思いを、伝えきれる自信がなかった。

 今日、ベスパに乗りながらスガシカオの「黄金の月」をふと口ずさんだ。

 「ぼくの情熱はいまや 流したはずの涙より
 冷たくなってしまった」


 「大事な言葉を 何度も言おうとして
 すいこむ息は ムネの途中でつかえた」


 言いよどんだ言葉があるなとあることを自覚すると、その言葉が砂の山になって見えた。
 きっとこれからもその山は上へ上へと高さを増すだろう。
 でもいつかそれを自分で踏み潰すか、突き倒すか、はたまたどこ吹く風に吹かれて風紋にでもなるか。

 タイミングを逃すことだけで言葉を飲み込むのは、もったいない。
 でも飲み込むのは、ほとんどそればっかり。
 呼吸を合わせるようになれたら。
 よいのでは?
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-16 22:47 | 一日一言 | Comments(8)

更新情報 13 (図書室)

 勢いに乗ってやってしまおうと、「コガ図書室」に2003年と2006年から昨日まで読んで所有している本を更新しました。
 合計706冊。
 借りて読んだ本は含めていないので、うちにある本の数に近いのか・・・?
 2000年よりも前に買った本は含めていないので、どうだろう。

 先日本棚を新しくしたいと話をハハにしたら、露骨に嫌な顔をされました(苦)。
 本の話をすると、底が抜ける、といつも言われます。
 果たして一般住宅で、本の重さで底が抜けるということはあるのか!?
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-15 20:26 | 本の虫 | Comments(2)

くるくる回る  プロローグにかえて

 えっちらおっちらと歩き、予定していた特急の発車時間の15分ほど前に越中八尾駅へ到着した。
 閑散とした駅前でひっそり開いていたお店で枡寿司を買い、自販機でお茶を買い、準備万端ホームで特急を待った。
 指定券を取っていなかったのでいかがなものかと心配していたけれど、ホームにやってきたワイドビューひだはガラガラだった。
 車両の真ん中あたりに陣取り、荷物を下ろし落ち着いたところで、流れ始めた景色にさよならーと胸の中でお別れを告げた。

 窓の外には、高山本線に寄り添うように、深い深い緑の色をした川が流れている。
 川の流れは進行方向とは逆に、後ろへ後ろへ流れてゆく。
 それがなぜかとても不思議な感じがした。
c0047602_1651593.jpg

 お昼のお寿司をお腹に納めしばらくすると、眠気に襲われ目を閉じた。
 もったいないなと思いつつビューポイントの飛騨古川や高山はうとうとしている間に過ぎ、下呂でやっと目を開ける気になった。
 下呂の街は、温泉の湯気が白く煙りを上げていた。
 地面が濡れて霞んでいるのは予報どおりの雨のせいなのか、そうでないのかはわからなかった。

 下呂駅から特急が発車し、眠る前と同じような色の川を見つめていると、流れがさっきとは逆になっていることに気がついた。
 今度は進行方向と同じくして、川は流れている。
 どこが分岐点だったのか知る由もなく。
 でも、そこが見たいのだときもちが疼いた。


 終点の名古屋まで行かず、特急を途中の岐阜駅で降りた。ここからはケチって在来線。
 乗った電車のシートで太宰の「津軽」の続きを読んだ。
 旅の終わりに次の旅への思いを膨らませていると、あるページで自分の名前を見つけた。
 思わずその部分を右手の指差し指で、数回なぞった。
 わたしの名は、1番のアイデンティティの象徴なのだ。


 米原で新快速に乗り換え、一路京都へ。
 このあたりまで来ると景色も見慣れ、いつもテリトリー感が出てくる。

 浄化の旅と名づけた、富山への旅。
 目的が果たせたかどうかは途中からよくわからなくなったけれど、終わってみればどうでもいいように思える。
 ただ旅がしたい。
 いつも胸にあるのは、それだけなのだ。


追記 : これは7月1日~3日に富山へ旅をした記録です。書くの遅っそー。
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-15 16:57 | 旅行けば | Comments(0)

更新情報 12 (図書室)

 正直、その存在すら忘れていた時期もあり。
 この数日、所有する本のデーターベース化について考え始めたこともあり、2年と少しぶりに更新しました、「コガ図書室」
 2000年から2005年くらいにかけて、買って読んだ本を170冊くらい更新しています。

 つくづく見直して思うのは、読む本の好みが変わったなということ。
 意外に読んだ本の存在は記憶に残っているのも、少々驚きでした。
 が、内容を思い出せないものは多し。

 読み返したくなった本もいくつかありましたので、金欠の今日この日。
 遭難した本を本棚から救出してみたいと思います。
[PR]
by fastfoward.koga | 2008-09-14 17:37 | 本の虫 | Comments(0)