言霊の幸わう国

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閉めてすぐ開く

 今日は仕事納め。
 そして明日は仕事始め(笑)。

 ということで、今年の年末年始は大晦日→元旦が出勤となった。
 元々年末にゆっくりする仕事やバイトをしてこなかったのであまり苦ではないけれど、大晦日と元旦の両日は出勤になるのは久しぶりのこと。

 職場は静かで、こんなこともできてしまう。
 今日はのんびり仕事しましたが、明日はやらなくてはならないことがてんこもり。
 エライさんたちのいない間に、仕事をこなしておかなくてはいけない。
 さ、休む暇などありませぬ。
 働け、働け。働くのだ。


 ということで、1年付き合ってきた2008年も終わり。
 おいでいただきましたみなさま、どうもお世話になりました。
 来年もよろしくお願いいたします。
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by fastfoward.koga | 2008-12-31 16:21 | 一日一言

経県値(2008年実績)

 昨日書き終えたあと、あっそうだと思い出した。
 2008年旅を終えたまさに足跡、コガ経県値

 白いところが、やけに眩しい。
 来年こそは、行こう。

 
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by fastfoward.koga | 2008-12-29 23:08 | 旅行けば

たびあとあしあと

 もう今年を振り返らないと前回書いたものの、これだけはやっておこう。
 2008年の旅の振り返り。

1.出雲・松江
2.会津若松・喜多方
3.日光
4.富山
5.延々東北(日本海側) ~新潟・山形・秋田・青森~
6.常滑・豊田

 この合間に、2度トーキョーへ出かけた。
 が、やっぱりいつものことながらトーキョーは旅と呼ぶには抵抗があるから今年は省いた。

 例のごとくと言うべきか、会津若松と喜多方以外はひとりだった。
 しばらく誰かと旅に出たいなと思っていたけれど、こうして書いているとやっぱりひとりでまたふらっと出かけたいなという気になってくる。
 どちらも同時にできないのが心底残念、なんて不可能なことに気落ちしたりしている。

 先日ハハに、今年の冬はどこにも行かへんの? と聞かれた。
 うん、仕事忙しいからと頷きながら、ハハがわたしの旅に出る間隔を捉えていたことにおかしさを感じた。

 ハハの思ったとおり、そうそろそろ旅に出たい。
 行きたい場所は永遠に尽きることはなく、決めきれないことがもどかしい。
 どうして1ヵ所に決めなくてはいけないのかと、自分に駄々をこねたくなったりする。

 毎日会社で働いていても、どこかで自分の人生は旅のようだと思っているのに、それでは納得しない虫が騒ぐ。
 旅にベクトルが間違いなく向いているのに、わたしが旅に出ない理由はいろいろあるけれど、こんなふうに踏み切り板がうまく踏めないのも珍しい。

 こどもみたいに冬休みがあればいいのに。
 欲を言えば、宿題のない冬休み。
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by fastfoward.koga | 2008-12-28 20:08 | 旅行けば

タワー

 流れる車窓を見ながらだったはず。
 今年はもう、1年が終わるからといってこの1年を振り返らなくてもいいかと思った。

 考えてみれば、少し進んでは振り返り、少し進んでは振り返り。
 そのくり返しを、季節の移り変わる中でずっとやっていた。
 もう充分振り返った。
 これ以上振り返ることは、ない。

 そう思った続きに思考は、来年はどうしようかというところへ行き着いた。
 今年は出し惜しみをしないことを目標にしていた。
 常にそれは頭の中にあって、ついついよいしょと重い腰を下ろしてしまうところをあかんあかんと踏んばっていた。
 じゃあ来年はなー、とそこまで来て1年積み上げたものを自分が蹴散らかしたような気がした。

 1年が終わって、新しい年が明けて、なにかが劇的に変わったことなど今までに1度も経験したことはない。
 でもまだどこかで奇跡を信じているようで、そういう自分に気づいたところであほやなと思った。

 時計の針が進んで、12が1に戻る。
 それは確かにある種劇的だ。
 でも劇的なのは時間の流れであって、自分自身ではない。
 と、いうことに初めて気がついた。

 わたしはわたしで、やってきたことを積み重ねればいい。
 なにも1年が新しくなったからといって、ゼロクリアにする必要はなかったのだ。
 積み重ねてゆくことで、自分ですらも見上げるようになっていれば上出来。
 とりあえず、65歳くらいで。
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by fastfoward.koga | 2008-12-26 20:51 | 一日一言

ネバーエンディング

 疲れていても、会社帰りの電車と寝る前には本を開く。
 不思議やわーと、今日も続きが気なっている文庫本を貪るように読んだ。
 仕事も小説も、まだまだ終わらない。

 はー、ほんま終わりませんわ。
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by fastfoward.koga | 2008-12-25 22:16 | 一日一言

もうちょっと甘く

 20時過ぎ、仕事を終えて会社を出て歩き始めると、ドッと疲れを感じた。
 体が重く、そのくせ芯の部分は熱があって、あー電話したいなと思った。
 いや正確には、声が聴きたいなと思った。
 それは誰のというわけでもなくそう思い、そう思うことはそうはなく、珍しいことを思ったなと、とりえずいつもの電車に乗れるよう歩を緩めることなく歩き続けた。
 
 お腹がすいたとうちに帰ったけれど、夕飯では少し物足りず、今チョコレートを口に入れた。
 きもちがちょっとだけほわっとする。
 でももうちょっとと、脳かきもちか、甘さを欲している。

 ずっと以前に読んだ新聞の記事に、女優乙羽信子のことが書かれていた。
 印象に残って、捨てずにとってある。
 忘れられないのは、自伝の中で書かれていたという言葉。

「好かない男が山ほどの砂糖を運んできても、好いた男の塩のほうが甘い。」

 甘いにも、いろいろある。 
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by fastfoward.koga | 2008-12-24 22:43 | 一日一言

空っぽの手

 夕方、ハハとふたりで洗面所の大掃除をしていた。
 初めはこれ使うの? いるの? といちいち台所にまで行って確認していたら、ハハもそっちに行くわと重い腰を上げた。
 ハハはなかなか物が捨てられない人で、確かにそれはある部分ありがたいこともあるのだけれど、どちらかというと捨て癖のついているわたしとしてはもどかしい思いをすることも多かった。

 この化粧品使ってんの? この歯ブラシの山はどうすんの? こんなにシャワーキャップ集めてどうすんねん。
 と、突っ込んで突っ込んで突っ込んで、次々とゴミ袋に入れることに成功した。

 鏡の裏の棚、洗面台したの棚、脱衣カゴ。
 狭い洗面所に座り込み、順々に片付けていった。
 ひと通り済んだころだったろうか、ゴミ袋へと手を往復させながらハハは言った。
「あんたと一緒やったら、物が捨てられるわー。」
 その言葉にふふふと笑いを返しながら、頭の中では別の人から言われたことを思い出していた。

 今までに、わたしが物や人を捨てることに対し異議申し立てをされたことが2回あった。
 最近の出来事と、もう10年以上前の出来事の両方を思い出して、捨てることについてはわたしは変わることはなかったのだなと思った。

 捨てたくて捨ててきたものばかりではない。
 泣く泣くとは言わなくても、自分という容量の小ささを認めてそうしてきたものもある。

 果たして10年以上前のあの日と、最近のあの日までに、同じ捨てるにしてもわたしの器は大きくなってはいなかったのか。
 成長しなかったと自己否定するつもりはない。
 10年という時間は決して短くはないのだから、わずかながらでも大きくはなっているはずだ。
 でもどうして、わたしは何度も容量の小ささで手離すものをなくすことができないのだろう。

 きっと捨てる理由は、容量の大きさではなく懐の深さなのかもしれない。
 人としての浅さ。
 ではないだろうか。

 でもここでも、自分に甘いわたしは自己否定する気にはなれない。
 捨てるときには自分の中の天秤でことを見極めることで、大切なものはなんなのかを一生懸命考えてきたつもりだ。
 捨てたり切ったりしたあとは、そんなふうに決めた結果だとしても、手持ち無沙汰加減についつい手離したことが正しかったのかと考えてしまうこともあるけれど、絶対大丈夫。
 開いた掌は、我ながら艶々して力強い。
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by fastfoward.koga | 2008-12-22 19:55 | 一日一言

ときめき

 今日は待ちに待った給料日。
 よしよしと勇んで本屋へ。
 
 自動ドアをくぐったら、迷わず文芸書の棚へ。
 掴んだのは堀江敏幸の「未見坂」。
 数日前に迷って挙句、お給料が出てからしようと棚に戻した1冊だ。

 もう1冊の文庫本と共に、レジへ。
 支払い後はしっかりカバンに納めて、バイク置き場まで歩いた。
 その途中、足取りと気分が間違いなく軽いことに気がついた。

 言うなれば、と考える。
 デートのあと別れてすぐに来たすきな人からのメールを見るとき。
 いや、すきな人から手紙を送ったよと言われてから受け取って、その封を開けるとき。
 そんな、高揚感。

 さあ、これからしばらくの間は毎夜の逢瀬。
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by fastfoward.koga | 2008-12-19 22:40 | 一日一言

フライング

 くるりが、2009年6月から全国ツアーをすると発表した。
 わーい、わーいと喜んで日程を見て、ピタリと動きが止まった。
 関西は大阪のみ。
 会場はいつものZepp Osakaで、なんと7月1日と2日!
 誕生日イブと誕生日やーんと、ひとり大騒ぎした。

 前にAIRのライブで、「今日誕生日の人ー」と車谷くんがステージから呼びかけ、手を上げた女の子にと「TODAY」を歌ったことがあった。
 それがほんとうに羨ましくてずっと覚えていた。

 誕生日にライブ。
 えぇなぁ、えぇなぁ。
 それが来年! 念願!

 誕生日は必ず旅に出ることにしているけれど、ひとまずひとつ予定は決まった。
 さてあとは、22時過ぎに大阪から旅立てる場所があるかどうかだ。

 楽しみだな、どうしようかな、といろいろ思いを巡らせていてはたと気づいた。
 っつうか、次の誕生日までまだ半年以上あるって。
 今年の誕生日からも5ヶ月過ぎただけやし。
 どんなけ先取りすんねんさー。

 でも、楽しみ。楽しみ。楽しみ。
 鬼に笑われても、楽しみ。
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by fastfoward.koga | 2008-12-18 20:18 | 一日一言

過去の人

 毎日思い出す人がいる。
 その人のことは、数ヶ月間1日も欠かすことなく、場所も時間も問わず思い出している。
 最近は、思い出してはあぁまた今日も思い出したなと思う。
 
 今日もいつもどおりの思考を辿ったあと、ただ思い出すだけの人というのはなんて寂しいのか、ということに気づいた。
 思い出したり思い浮かべたり、それだけなら特別な人ではない。ただの人なのだ。
 その人との間に起こった出来事やそれに纏わるお互いの感情、態度そして言葉。そういうものを頭の中でくり返しているのは、ああすればよかったとかこうしていればばかりで、今はもうたらればの次元ではもうない。
 そこには反省も後悔もなく、事実としての過去を巡らせている、思考が途切れたときの時間稼ぎでしかない。

 以前ここに「失恋の痛みも 日薬 3ケ月」と書いたことがあったけれど、そのときの日薬がどこまでの痛みに効いていたのか、一生懸命思い出そうとしていた。今回の感情とは似て非なるものだけれど、突き詰めてみたかったのだ。
 そのとき書いたのは、すきだった人のことを思い出すことに痛みが伴わなくなったことなのか、ただの人だと思えたことなのか、思い出さなくなったことなのか、自分がどの痛みを指していたのかが、結局どうしても見つけられなかった。

 惰性だとは言えども毎日思い出すたびに、その人に対して自分はなにを感じているのか、そこが疑問だった。
 愛情でも友情でもない、単なる情だということは言い切れるけれど、じゃあ単なる情ってなんだろうとそこでまだ追究を緩めることなく突き進むと、行き着く答えが待っていた。
 それを確認するためにさっき辞書で「情」と引くと、「①心のはたらき。 ②なさけ。思いやり。 ③異性を思う気持ち。 ④おもむき。 ⑤ありさま。(要解 国語新辞典より)」と書かれていた。
 わたしがその人に対して抱いているのは③ではなく②であって、この人ならという特定の誰かに抱くものとは決定的に違っているのだ。

 知り合って、少しずつ互いに理解を深めて、時間を共有することでなにも生まれなかったとは思っていない。ちゃんと生まれたものは抽斗にしまってある。
 でもいろんな事情でそれらは自分にとって過去となり、新しくなにも生み出すことはないと思った瞬間からきもちはすっかり変わってしまった。まさに豹変したように。

 今こんなことを考えていても、きっともうひと月ふた月と時間が経てば徐々に記憶の抽斗の奥へ追いやられてしまうだろう。
 愛しいと思っていた記憶の数々を忘れてしまう日は、きっとやって来る。でもその人のことは忘れたりはしない。風化してゆくだけ。

 思い出す、思い浮かべるだけでは物足りない。
 思い出して、思い浮かべて、その人が今なにをして、どんなことを思い、今日を明日をどんなふうに過ごしてゆくのかまで思い巡らせなければ、単なる情から1歩先には進まないのだ。
 なにごとも未来がなくては。
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by fastfoward.koga | 2008-12-17 20:31 | 一日一言