言霊の幸わう国

<   2009年 01月 ( 16 )   > この月の画像一覧

家電OL?

 いよいよ我が家もテレビを買い換えることになった。
 どうせならまとめて買おうということになり、しかもわたしの部屋のテレビはへそくりでハハが買ってくれるという!
 おー、なんて素敵な実家暮らし。

 ということで、今日は午前中に図書館に行ったあと、午後からはハハとふたりで近くの電気屋へ下調べのために出かけた。
 先日の日曜日にネットで基本的なことだけ調べていたものの、実際にどかーんと並ぶテレビの数々を見ていたら眩暈がしそうだった。
 見て選ぶつもりでいたけれどこれは無理だと、結局今日はパンフレットを抱えて帰ってきた。

 ベッドの上にパンフレットを広げ、メーカーごとに絞込みを開始。
 なんだこれは、あっちはどうだ、とひととおり目を通した。
 
 ポイントはため息が出るほどあって、画面サイズに始まってスピーカーやアンプ、画質、端子、その他に付属機能などなどなどなど。
 ひとつずつ項目内容を確認し、その上で自分の好みを確定し、当てはまる条件で絞込みをする。みっつくらいにまでに絞れればあとは店頭で実物を見て決定、になるだろうか。
 しかし、これがまた絞込み作業が難航を極めている。
 
 1度調べだしたら、止まらない。
 条件を決めたら、どれが1番いいのかの比較に手を抜けない。
 あー、はまってしまった。

 先日、会社で加湿器と電気ファンヒーターを購入することになったとき、帰り際にも関わらず呼び止められた。
 どんなんがいいと思う? と聞かれ、あれこれ使い勝手で気になることを口にしたあと言われた。
 さすが家電芸人ならぬ、家電OL、と。

 いや、単にわたしはいっちょ噛みなだけやねんけど。
 うちでも会社でも、口を挟まずにはいられない。
 あ、それってお局みたい?
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-29 20:52 | 一日一言

耄碌(もうろく)

 最近よくあること。
 
 道を歩いているときにふと頭が重くないなと思い、はっとする。
 ヘルメットかぶってない、わたし!

 ベスパに乗っているときに、肩のあたりがスースーしてどきっとする。
 シートベルトしていない、わたし!

 どっちもしてなくて、ええねん。
 それでおうてんねん。

 これがほんまの、ひとりボケつっこみ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-28 20:43 | 一日一言

黄昏どき

 ほんの少し会社を早く出たら、車窓からの夕暮れに間に合った。
 今日の夕陽は赤いと言うよりはピンクに近い、控えめな空だった。
 窓際のシートで今朝読み始めた本を開いたものの、地下から地上に出た瞬間の夕暮れにきもちを持っていかれてしまい、しばらくは空を眺めていた。
 お腹のあたりがスースーして、体が融けてしまいそうで、その吸引力に記憶の抽斗がぱかりと開いた。

 19歳の冬だった。
 当時このまま20歳になってはといけないと、大仰にも一大決心をしてすきな人に会いに行った。
 ちょっとドライブしたいから付き合ってと誘われて、言われるがまま車に乗せてもらって、どんどん日が暮れてゆく道を走った。
 助手席に座っていると顔を真横に向けてその人の顔をじっと見ることが恥ずかしくてできず、ほとんどダッシュボードや運転席とは反対側の窓を見ていた覚えがある。

 道はラッシュ時間でそうは進まず、とろりとろり走っていた。
 声がすると少し右を向いて答え、まっすぐを見て、左の窓を見て。
 それをくり返しているうちに日はどんどん暮れて、川べりに出たとき、向こうに見える山が空より暗くなってシルエットだけを浮き上がらせているのに気がついた。
 窓に顔を近づけるようにしていると、瞬きする間に色を失くす景色が、今の自分の置かれている状況と相まって不思議なきもちになっていた。
 今日、その感覚を思い出した。

 会社を出るのがあと10分遅いと、今日乗った電車には乗れない。
 そうするとシートに腰掛けては帰れず、今の季節だとゆっくり沈んでゆく太陽を見ることもできないし、ビルの隙間からはもちろん、9階の窓からでさえも満足するものは見られない。
 ちょっとしたタイミングのズレで逃していたんだなと、今日は余すところなく味わった。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-27 20:09 | 一日一言

本の効力

 今日昼休みに、エキサイトイズムで以前ここに書いたブックディレクターの幅允孝さんが特集されている記事を見つけた。
 インタビューで彼が答えている言葉には、やっぱり本を愛して止まないその思いが溢れていた。
 本が売れないと言われる世の中で、彼のような存在はなくてはならない(と、わたしは強く思う)。
 そう思って読んでいると、彼の言葉のひとつに読む足が立ち止まった。

「本というのは『遅効性』の道具なんです。」
 そしてこう続く。
「さっと情報を得るだけならネットでもいい。けれども本の本当の力は、今知りたいことにすぐ答えることではありません。」

 人によって、なにを本に求めるのかは違うのかもしれない。
 でも本からしか得られないものというのは間違いなくあって、わたしはというとその力を自分の中にある一定量貯蓄しておけるように、いつも欲して本屋を彷徨っている。
 その一方で、日々今すぐ知りたいという思いと手軽さからネットで検索して済ませてしまうことも多い。
 最近はそうやってネットで得た情報を手にすることが数年前と比べても圧倒的に多く、我が行動ながらちょっと違うよなと思うことがよくあった。
 その違和感の正体はというと、幅さんの言葉が答えなのだ。

 辞書を引けばいいこと、地図を広げればいいこと、時刻表を見ればいいことを、ついついネットで検索してしまう。
 不思議なことになにで得たかによって記憶への残り方は違っていて、やっぱり自分の手で探し当てて見つけたものは記憶の抽斗へしまいこむところでちゃんと未来の自分がわかりやすいラベリングができるようだ。

 伊坂幸太郎の「モダンタイムス」にも描かれていたけれど、わからないことがあったらとりあえずネットで検索してみることの怖さはこういうことにも繋がるのかなと今さらながら感じた。
 得たものそのものだけでなく、なにから得たのかもこだわらなければ、湯水のように情報があ溢れる中、取捨選択やなにが必要なのかを見失うような気がする。

 次の休み、久しぶりに図書館で調べ物をしに行こうと思う。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-26 22:48 | 一日一言

インフルエンザ

 目を閉じると、暗いはずの瞼の中でなにかが飛び回った。
 熱だ、ととっさに体中の細胞が叫んだ気がした。そういえば寝ているくせに、クラクラする。でも酔っ払ったときのような、あの三半規管がやられたのとは確実に違っている。頭の中でホッピングが上下しているようで、目の前のチラチラする模様も治まる様子はない。
 眠気に引っ張られると、眩暈が引き戻そうとするやっかいなシーソーゲームから気をそらそうと、模様に目を凝らした。黄色に緑に黒に白。三角形だか五角形だか、とにかく鋭角的な色とりどりの形が流れ星のように消えては流れ、消えては流れをくり返す。
 どこかで見たような残像。いや、そうじゃなくて記憶か。
 なんだなんだと穴をほじくるようにデータを捲ると、模様がひらひら揺れる映像がヒットした。布はひらひら、そしてくるくる回っている。模様をぬうようにして見えるのは、白い脚か。
 あぁわかった。あれは京都タワーだ。模様はスカート。そこにいたのはあれだ。
 あれ。
 なにがうれしかったのか、螺旋階段を駆け下りていた。展望台から360度晴れ渡った空の下見えた景色よりも、テンションが上がっていたような気がするのは気のせいか。スカートの模様が踊る様子でカチリを鍵がはまり、見下ろしているスニーカーの足元からこどものころに回して遊んだ独楽が湧き上がってきた。
 素っ気ない薄いベージュの独楽。すきなように色を付けていいと渡された油性ペンで、絵を描くことも知らないこどもの自分は、緑と黒と黄色の線を書きなぐった。見本で先生が作った、円をいく等分かにして綺麗に色分けされた独楽を比べると相当見劣りして、こども心に気落ちした。けれど力いっぱい回してみると案外自分の独楽のほうが綺麗で、飽きずに何度も回し続けた。 そういえば、あの独楽はどこにいったのだろう。できるなら、今すぐ回る模様を確かめたい。
 そんな古い記憶に浸る一方で、僕は実は見とれていた。螺旋に飲み込まれるように消える目の前の景色に。
 あのあと確か、ケンカをした。原因なんていつもつまらないことばかりで、そのときもそうに違いない。楽しそうな顔をしていないとか、なにを食べるか決まらないとか、そんなことだったはずだ。
 いや、それは昨日の話か。あれ? 半年前の話か。相手は誰だ? 記憶がシャッフルされて、順番も相手も正しく並び替えることができない。 
 ところで、今はいったい何月何日だ? 今日はなにをしていた? 喉が渇いたけれど、最後に飲んだものはなんだったのか? 目を瞑るついさっきのことが、思い出そうとしても空を切って掴めない。
 落ち着け、落ち着け。今に戻ろう。今は雨の音が聞こえている。風の影響を受けず、まっすぐ空から落ちる雨粒が地面や屋根で跳ねている。規則的なその音に耳を澄ませていると、少しずつ静けさが感じられるようになってきた。
 頭の中の振動も、瞼の中の幾何学模様も、薄れてゆく。名残惜しいような、物悲しいような、どうしてこんなに切ないのか。
 でも、遠くになにかぼんやりと白く光って見えるものがある。あぁあれは、京都タワーだ。こんなに離れていてもわかる。見失わないようにしなくては。いつものように簡単に失くしてはいけない。
 そう願った瞬間、タワーの照明は落ちた。
 これは思い出せない罰なのか。罪の形なのか。いや、ただ12時を過ぎただけだ。
 




 ◆お題     「京都タワー」 「独楽」 「スカート」
 ◆出題者   ふじこサマ
 ◆ふじこサマ へ
 忘れてませんでした。1度も口にしませんでしたけど。
 1年間、机の目立つところに付箋にこの「さんご」を貼り眺めていました。
 ほんとはすぐに閃いて、書けそうな気がしたけど繋ぎの言葉がちぐはぐして寝かせてました。
 書くって大変やわー。でも書くんよ。うん、書くねん。これからも、書く。
 ありがと。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-23 23:40 | さんご

パイオニア

 この数日、寝る前に友人K嬢から借りた「Number」を読んでいる。
 借りた雑誌は2冊で、両方とも2008年7月に引退した野茂英雄の特集だ。

 寡黙なこの人がいったいなにを考えて投げ続け、どんな決断をして引退に至ったのかに興味があった。
 当時タブーを犯したと言われたメジャー挑戦、その後新天地を探し求めてた移籍の数々。
 彼には常に信念があり、彼自身と彼と関わった人たちの口から出る言葉に、それがほんとうに揺らぎのないものだったということを思い知らされる。

 印象に残ったのは、「野球がすきなのではなく、野球をすることがすき」だと言っていたこと。
 そして引退を決めた一方で、「悔いが残る」と名言したこと。
 何年経っても「野球をすることがすきだ」というぶれない芯を持っている人でも、最後は人だということなのか。正直に「悔いが残る」と言うところに、この人のすごさを逆に感じた。

 読んでいて、なんでも1番上になるのは嫌ですぐ2番手を選んでしまう自分の甘えが恥ずかしくなった。
 彼の今までの功績は、もちろん文句なく素晴らしい。
 けれど、彼はこれでで終わるような男ではない。
 この先も今までとは違うアプローチで野球と接することで、また違うものを創り上げてゆくのだろう。

 そんな背中を人に見せられる人は、そうはいない。
 またもや背筋が伸びる思い。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-21 20:49 | 一日一言

仕切り屋登場

 ガイドブックを捲り始めた。

 捲る指が踊る。
 きもちも踊る。

 旅に出ると決めただけで、心が潤う。


 Y嬢とのふたり旅のため、毎年冬ばかりの登場だけれど今回はコガトラベル開業。
 旅の手配からスケジュール検討、見積もりにご案内発送、当日の会計などなど、とりあえずなんでもやって端から端まで仕切る。

 コガトラベル代表、この冬もやります。
 本業よりも、熱心です。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-19 22:52 | 旅行けば

14年を経て

 阪神大震災の起こる数時間前、わたしは17日の10時提出締め切りのレポートを書いていた。
 仕上げたのは、ちょうど日付が変わるくらい。眠るときにあと6時間眠れると思った覚えがある。
 けれど結局は5時47分に起こされることになった。
 1度ドーンと突き上げるような揺れがあり、そのあと強い横揺れがやってきた。
 ふとんの中で目をぱっちり開けたまま身動きひとつとることができず、倒れてくるものがないか素早く見たあとはじっと揺れがおさまるのを待ちながら、頭の中で大事なものが今どこにあるかを反芻していた。
 揺れは、永遠に続くかのように思えた。

 地震の際ちょうどベッドのそばに立っていたハハがあまりの揺れの大きさに気味悪がり、自分の部屋を出てハハのそばでテレビのニュースを見ていた。
 まだ眠い、まだ寝たい。そんな思いとなにかが違うという思いで、目を閉じたり開けたりをくり返していた。
 起き上がったのは、7時前だっただろうか。
 大学へ行く支度をしながらニュースをチラチラ見ていたら、阪急もJRも神戸方面は運休だという一報が流れた。
 けれどその時点ではまだ提出期限の迫ったレポートのことばかり考えていて、単位がどうなるのか、そんなことを気にしていた。

 夜が明け、外がすっかり明るくなっても余震は続いていた。
 何度目かの余震のときに、キッチンカウンターに思わず掴まった強さの揺れもあった。
 そんな中、つけっぱなしになっていたテレビから深江の阪神高速が落ちたというニュースが流れた。
 わたしはその時点でも、まだ事の大きさがわかっていなかった。
 次々と被災地の状況が詳細に伝えられていても、まだ学校は1週間程度休校するくらいだろうと思っていた。

 あのころの関西、特に大阪を中心とした京阪神の都市部はそれぞれちぐはぐな空気を纏っていた。
 電車はどのくらいで動き出したのかもう覚えていないけれど、大阪から西へ向かうと車窓の景色には現実味がなかった。
 逆に大阪市内を含め東へ向かうと、地震の跡などどこにも見当たらなかった。町の様子も人も、なにもかも。
 地震から1年。卒業するまでの間、その違いを見つめながら大学へ通った。
 わたしはそれを見て、ただ途方に暮れるだけだった。なにひとつできなかった。

 今でも通学で使っていたJRで神戸へ出かけると、地震の前の風景と地震のあとの風景と今の風景とをたぶらせる。
 被災した人たちの傷は、なくなることはないだろう。でも少しでもその傷を癒せる町や世の中になってほしいと思う。
 この日に対して抱く後悔は、もう役には立たない。自問も無駄。
 残るのは自答。忘れないことだけじゃなく、自分にできることはあるか?
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-17 20:45 | 一日一言

メヂカラ

 弱った体に容赦ないウィルス。
 風邪だ、風邪が今度は忍び寄ってきた。
 引き始めが肝心と、今日は会社でマスクをつけたまま仕事をした。

 上司を含めた打ち合わせで、口元が見えていないとコミュニケーションが取りにくいかと一瞬考えたけれど、楽さが勝ってそのままつけていた。
 と、そこで気づく。
 口元が見えていないと、その分目で語らないといけないんだと。

 目の動かし方を意識することで、普段どれだけ目に力が入っていないかよくわかった。
 目に力がないということは、たぶんいつも気の抜けた表情をしているのだろう。
 自然と言えば聞こえがいいが、極端を言えば楽をしているのだ。

 そりゃ、寄るものも寄ってこない。
 ちょっと目で語ってみたいぞ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-16 23:09 | 一日一言

知らぬ間に

 月曜日の夜、夕飯を食べたあたりから胃が重いと感じていた。
 そう感じつつ支離滅裂な文章を書き(↓)、月9を見る前に胃薬を服用した。
 ベッドの上でくの字を右に左にとひっくり返りながら、瑛太はやっぱりいいなーと思う反面、いつ胃薬が効いてくるのかと頭の半分で思っていた。
 そのあとお湯に浸かったのがよくなかったのか、ふとんに入ったくらいから痛みが増してしまった。
 そこからはずっと体はかなり内角の狭いくの字になって、ひと晩を過ごした。
 仰向けにはなれなかったので寝返りをうつたびに目が覚めて、明日は半日年休をもらおうと考えていた。
 が、朝起きてこれは無理だと判断して朝会社に電話をかけた。

 病院が混みあう時間と痛みが治まる時間を検討して、11時過ぎに近くの町医者へ向かった。
 診断は腸炎だった。
 暴飲暴食も、ウィルスも思い当たるところがなく、結局のところ納得がいかないけれど疲れが弱いところに出たということなのかと思うことにした。

 生まれて初めて点滴をしてもらい、これがほんとうに自分の体内に入るものなのかと訝しげに思いながら、目を閉じることもせずひたすら落ちる滴を、小一時間眺めていた。
 自分で自分のここが弱いと自覚していない部分を突かれることは、痛い。
 でも弱いと自覚しているにも関わらず、わかっていながら突かれて痛かったことが、これまた痛かった。
 
 体調管理も精神管理も、結構できているつもりだった。
 自分の中にあるものには、めいいっぱい耳を傾けていると思っていた。
 けれど結局今日も会社を休んで、鈍い痛みの間にふいにやって来る鋭い痛みの波に気をとられるのが嫌で、1日眠ってばかりいた。
 横になり、テレビを見てはうとうと、本を読んではうとうと。
 これだけ寝ても眠れるということは、自分の理解の範疇を超えた疲労がどこかにあったのだろうか。

 自分のことなのに自分の知らないところでなにかが起こることが、病の怖さなのだと思った。
 疲れに負けない体を作っておかねば、やるべきこともやりたいこともできない。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-01-14 20:01 | 一日一言