言霊の幸わう国

<   2009年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

振り振り振り返り「哲学バトン」

 一種の精神統一。
 今年も言葉の抽斗をかき混ぜてみよう。


 『 死 』    近く遠い
 『 時間 』    旅
 『 信頼 』    石の上にも三年
 『 至福 』    睡眠
 『 無駄使い 』    若さ
 『 写真 』    熱視線
 『 アート 』    情熱
 『 情熱 』    愛おしさ (※3/3 追加しました)
 『 家族 』    ブランコ
 『 好奇心 』    泉
 『 癒し 』    ひんやり
 『 本 』    食らう
 『 父 』    1番似ている人
 『 掃除 』    心がけ
 『 心 』    軸
 『 春 』    揺れる
 『 記憶 』    原動力
 『 不思議 』    縁
 『 無駄 』    なし
 『 友人関係 』    シーソー
 『 無 』    闇
 『 正義 』    ウルトラマン
 『 青春 』    終焉
 『 対話 』    夢
 『 平和 』    鳩
 『 無限 』    世界
 『 桜 』    舞う


 言葉はこうして繋がってゆく。
 どこまでもどこまでも。

 ★実は、毎年やってます(2006年版2007年版2008年版)。
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by fastfoward.koga | 2009-02-27 22:41 | 一日一言 | Comments(4)

岩手懐古・録  【酒】

 光原社を出、再びいーはとーぶアベニュー材木町の通りに戻ったわたしたちは、まだ歩いていないほうへ向かった。
 歩き始めるとすぐに酒買地蔵という文字が目に付き、通りを外れて矢印のままに進む。
 数10メートル先には永祥寺というお寺があり、その門前に酒買地蔵さんの謂れが書かれた板書を見つけたので、わたしはそれを声に出して読んだ。
 こういうものは、声を出すに限る。読むと、文字が沁みるのだ(酒買地蔵とは)。
 読み終えほーとかふーんとか言ったあと、酒飲みふたりはこの旅のお酒にまつわる安全をお願いしようとお地蔵さまに手を合わせた。

 いーはとーぶアベニューには、光原社以外にもいくつかお店が並んでいた。
 仏壇屋さんに、書店、靴屋、酒屋などがあって、気になったのは家具屋さんで覗いてみたかったけれど、なかなか冷やかしでは入りにくいなとY嬢に言ってそのまま通り過ぎた。
 そんなお店の前にはいくつか宮沢賢治のモニュメントがあり、そこにはひとつひとつ名前が付けられていた。
 花壇には「花座」、星型のモニュメントには「星座」、そして宮沢賢治のすきだったチェロのオブジェには「音座」。
「音座」は決まった時間にチェロの演奏が流れるそうで、それをわたしは持ち歩いていたはずのガイドブックで今知った。
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 通りの端まで行き折り返すと、ちょうど夕飯にと思っていたお店を発見。
 場所は事前に地図をプリントアウトしていたものの、まだあまりよく見ていなかったので探す手間が省けたと、まだ準備中の店を通りから窺った。

 最後にまた入口近くにある宮沢賢治のオブジェに近づき、Y嬢とふたり写真の撮り合いをした。
 このオブジェがまた少し前かがみになっているので、なんかこの賢治は慰めたくなるなーとそれぞれ肩に手を回したり、手を置いたりとポーズを取る。
 こういう馬鹿馬鹿しい写真は、ひとりでは絶対に撮れない。
 ちょうどオブジェの前にあった楽器屋さんの中に人の姿が見えていたが、そんなものはおかまいなしだ。
 ひとしきりそのオブジェで楽しみ、わたしたちはいーはとーぶアベニューをあとにして今度は石川啄木が新婚時代に住んでいた家へと向かった。

 いーはとーぶアベニューから歩いて10分くらいのその場所は、ビルの立ち並ぶ表通りから少し奥へ入ったところにあり、こんなところにと思うような場所にぽつんと建っていた。
 わたしはこういう名を残した人物が実際に住んでいたという場所がすきで、生活感を感じさせるものにとても惹かれる。
 その人物がどんな功績を残したかということと同時に、その人がそれをどんなふうにまさに生きていた中で成し得たことなのか。そういうことが知りたい。
 偉い人もすごい人もきっと普段は馬鹿話もしただろうし、羽目も外しただろうし、恥ずかしいこともあっただろうなと思うと人は生活するという意味ではみんな同じで、そういう人間が作る連鎖で今の時代や世の中があるのだなと実感するのだ。

 今回の啄木新婚の家は平屋のこじんまりした造りだった。
 そこには両親と妹と住んでいたそうで、啄木の妻節子とふたり使っていた部屋の傍にはふたりのための玄関があった。
 小さな部屋には小さな囲炉裏。
 3週間しか住んでいないということだけれど、この時期住んでいたとしたら、今よりもっと寒い冬の盛岡でどんなふうに寒さを凌いだのかなんてことをひとり考えていた。
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 ほんとうに小さな家だったので数10分で中を見終わり、よっこらせとばかりにY嬢とふたり長靴やブーツを履いて外に出た。
 すると建物に面した道に出たところで、家の中から扉に鍵をかける人の姿が。
 家の前に立っている案内板をよく見ると、見学時間は16時までとのこと。
 時計を見てY嬢がそのことを教えてくれて、わたしら出て行くの待たれてたんかなーと言いながら啄木の家に背を向けて表通りへと向かった。

 そのあと一旦ホテルへ戻り荷解きをして、18時を過ぎてから再び盛岡の町へ。
 夕飯はさきほどのいーはとーぶアベニューに戻り、目を付けていたお店。
 そこは盛岡市内でビールを作っているベアレン醸造所の直営レストランビアパブベアレンというところで、もちろんビールの種類は多く料理もおいしかった。

 Y嬢とは久しぶりにふたりで飲むので、いろんな話をした。
 静かなお店だったおかげで、きもちよく食事をし、ビールを飲み、話ができた。
 別に旅に出てまでしなくていい話なのかもしれないと思う一方で、今まででも旅でしかできなかった話もあったなと旅を合間にこっそり振り返った。
 と言っても、そこでそんな大それた話をしたわけではない。
 けれどそうやって旅先で誰かと話をしながら食事ができるのは楽しいなと、ちょっと忘れていた感情を思い出したのだ。
 
 メニューにあるビールはひと通り試し、最後の1杯かなというところでふたりして迷ったのがチョコレート味のビールを飲むか否か。
 物珍しさとやっぱり最後はおいしいものを飲みたいという欲望との天秤で揺れ、結局わたしは物珍しさを取った。
 味は・・・。飲めないことはないけれど、わたしは普通のビールのほうがいいと思った。
 
 飲んだあとの外のひんやりした空気は、熱りを取るにはちょうどよかった。
 昼間と同じ道を歩き、途中コンビニに寄ってホテルへ帰った。
 こうして岩手1泊目夜は更けてゆくのであった。
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by fastfoward.koga | 2009-02-25 21:48 | 旅行けば | Comments(4)

絶望の素晴らしい世界

 昨日、村上春樹の「海辺のカフカ」を読み終えた。
 枕元に置いて読んでいたのでちょっと読んではすぐに閉じて寝てしまい、意外に読み終えるのに時間がかかった。
 でも調子付くと以前読んでいるにも関わらず、続きが気になって仕方なくて、下巻は2日ほどで読んだ。

 確か今回は3度目だったと思う。
 でもたぶん、今回が1番頭にも胸にも言葉が馴染んだ。
 記憶は確かではない。
 そんな気がすると開けた抽斗は、空っぽに近かったから。

 物語がクライマックスに近づく中、読んでいた言葉に足が止まった。
 段落が前ページから続いていて、一区切りつくまで読んだあと、またページを元に戻してそこだけ読み直した。

「君は今、とても素晴らしいものごとの中にいる。こんな素晴らしいことはこの先もう二度とめぐってこないかもしれない。それくらい素晴らしいことだ。それなのに今そこにある素晴らしさを、君はじゅうぶんに理解することができない。そのもどかしさが君を絶望的にさせる。」

「君」は、15歳の少年だ。
「世界でいちばんタフな15歳の少年になりたい」と願っている。
 わたしの15歳は、この少年の足元にも及ばない。
 洟を垂れてたくらいなのだから(もちろん比喩的。精神的洟垂れ)。

 素晴らしいことがおこったとき、そのたびに怖いと思った。もう2度とこんな素晴らしい世界は訪れないかもしれないとその素晴らしさに浸る反面、世界崩壊の瞬間に逃げ出せるように準備をしていた。
 そして終わりがくるたびにほら、と誰かに向かって言っていた。
 素晴らしさに溺れることができないことに、自分に、今なら絶望する。

 失敗することが怖くて、失敗しないようにしてきた。
 でも失敗しないようにしないようにしてきたことが、失敗なのだと今日急に駅の階段でひらめいた。
 そうしたら、今まで恨み辛みを抱いていた人を、ついさっきまでのことを忘れて愛しく思えた。
 まだ素晴らしい世界は、そこに、どこかに、あるだろうか。
 あれば世界は、なんと素晴らしいのか。
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by fastfoward.koga | 2009-02-23 21:45 | 一日一言 | Comments(2)

岩手懐古・録  【光原社入り浸り】

 宮沢賢治の言葉を眺め読んだあと、「資料室」と書かれた部屋へ入った。
 ここは係りの人へ声をかけて鍵を開けてもらわないと入れない場所なので、扉を開けてもらうと暖房の入っていないひやっと空気が外へ流れ出た。
 ここは20畳ほどの広さで、壷や書物などが展示されていた。
 Y嬢とわたしふたりが1番惹かれたのは光原社のカード(名刺?)で、鮮やかな色使いに思わずこれ売ってへんかなと言い合った。

 資料室は、歩き回っていると床板から靴下を通して冷えが上ってきた。
 おかしな歩き方だとわかりながらも足は爪先立ちになり、ときどき片足を反対側の足に乗せたりして冷えを凌いだ。
 がしかし、もう少し見たいきもちより冷えが勝ち部屋をあとにした。

 そのあと少し雑貨屋さんを覗いて、お茶にでもしますかと可否館でひと休み。
 中は思っていたほど広くはなかったけれど、シックな雰囲気で暖かいものでもいただいたらこれまた落ち着きそうな気のするところだった。
 Y嬢はブレンド、わたしはロイヤルミルクティと飲み物だけを注文したのだけれど、ほんとうはメニューに書かれたくるみクッキーも気になっていた。
 でも最近は特に食が細くなっているので、ここで甘いものを食べると夕飯に響くなと、やめておくことにした。

 飲み物が来るまでの手持ち無沙汰な時間の隙間に、そこでコガトラベルのお得意さまであるもうひとりの友人K嬢にハガキを書くことを思いついた。
 いつも持ち歩いているハガキの中から少し悩んでウルトラマン(!)の描かれたハガキを選び、万年筆でまず彼女の住所を記した。
 それを前から眺めているY嬢に、半分に分けるから書いてな、と返事を待たずに自分のスペースに文字を綴っていった。
 わたしはミルクティが来る前にさっさと書き終わり、飲みながら考えたらと4分の1スペースの空いたハガキをY嬢に手渡した。
 しばらく思案していたY嬢も、書き始めたらあまり筆を止めずに渡した万年筆を動かしていた。

 ゆっくりお茶を飲んでいる間に寒さの中を歩き回るせいで妙に力の入る体も緩み、またどこまでも歩いてゆけそうな気になった。
 旅をしているとこういう休息は、どこでどのタイミングで取るかが重要で、結構その1日だけではなくその旅全体の空気に影響する。
 旅では羽目をはずしてみたいきもちもあるけれど、最後まで余すところなく楽しむほうが大切だなと、こんなところでも真面目さを出してしまうのがわたしの旅なのだ。

 こうして予想以上に入り浸っている光原社は、当初出版社として出発したが現在では鉄器や漆器など民芸品を扱う店となっている。
 わたしたちが初めにすっとばした、表通りに面した光原社本店はそういったものを中心に扱っていて、いずれも商品も品よく並べられていた。
 2階から順にゆっくり見て回っていると、レジの横に柚木沙弥郎の「注文の多い料理店」の挿絵のポストカードを見つけたので、どこかでまたハガキを書くかもしれないと購入した。
 1階ではコーヒーカップに少し心惹かれたものの後押しするものがなく、ほんの少し手にとったあと元に戻したけれど、最近ゆっくり買い物にも出かけていなかったので買おうかどうしようかと迷う時間も楽しく感じていた。

 そのあとは、道を挟んだ向かいにあるモーリオを覗いた。
 こちらは岩手県産の食品や竹細工などが置かれている店で、可否館で気になっていたくるみクッキーが売っていたのでここでは迷わずに手にした。
 このくるみクッキー、うちに帰ってから食べたけれどもーほんまにおいしくて、もっと買うんだったなと後悔した。
 お店自体はこじんまりしていて、かわいらしさというか素朴さというか、緩い空気が盛岡はこんな町なのかなと思わせてくれるようなところだった。

 こうして光原社を満喫し、わたしたちは再びいーはとーぶアベニューの通りを歩き出した。
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by fastfoward.koga | 2009-02-22 19:07 | 旅行けば | Comments(8)

岩手懐古・録  【光原社で浸る】

 辿り着いた開運橋で1度地図を開き、いーはとーぶアベニューの位置を確認した。
 こういうときにいつも思うのは、地図を読むのが苦手でなくてよかったなということ。
 旅先では歩けば歩くほど、頭の中にその町の地図が出来上がる。
 それがわたしの旅の楽しみのひとつで、歩かずに立ち去った場所はそれほど記憶に残らないことが多い。
 この日もそうして地図を広げて、バスには乗らず歩いて歩いて歩き回って盛岡市内の地図を頭の中で広げていった。

 開運橋から北上川沿いの道を進む。
 川のほうから聞こえる鳥の鳴き声に、ときおりY嬢が応えた。
 川に向かって立ち並ぶマンションのベランダを見ながら、旅先でいつも家賃はどのくらいなんか気になるねんかー、なんてことを話した。
 するといーはとーぶアベニューの入口に差し掛かったところにちょうど不動産屋さんがあり、ふたりして表に貼り出されていた物件をちょっとだけ物色した。
 いつもこんなふうに、うーん住めるかな、じゃあ仕事はどうしよう、なんて密かに想像する。
 そういえば、これも楽しみのひとつ。

 そんなこんなでやって来た、いーはとーぶアベニュー。
 ここは所謂商店街で、その道すがらに宮沢賢治のモニュメントがあちこちに置かれている。
 歩き始めてまず目に付くのは足を組んで座る宮沢賢治の像で、それはもうその肩は思わず手を乗せたくなるような哀愁のある背中を持っていた。
 帰り道でさんざんその像と戯れるのだけれど、行きは先を急ぐように横目で通り過ぎた。
 目指すは光原社なので、不動産屋は見てもここで寄り道はしないのだ。

 その光原社は、見つけたときに思わず、あ!ここ! と指差して言ってしまうほど雰囲気のあるいい建物だった。
 わたしは道沿いの店にはわき目もふらず、なぜか見たいものはこの先にあると間にあった道を奥へと進んだ。
 喫茶店もアジアン雑貨の店も通り過ぎて、真っ先に入ったのはマヂエル館。
 ここには宮沢賢治の童話の挿絵を手がけた柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)の作品や、光原社の及川氏と賢治がやりとりした手紙などが展示されていた。

 挿絵の明るい色使いで、きもちはふわっと華やかになった。
 並んだ作品に指を差し差し、これがすき、とY嬢と言い合った。
 ガラスケースの中に置かれた賢治の手紙では、その文字が意外とかわいらしく予想どおり神経質で、わたしは持って帰りたくなるくらい惹かれた。
 こういう字書く人すきやわとその思いを口にすると、Y嬢は少し顔をしかめてわたしは嫌やなと言った。
 そういうやりとりは、ひとり旅にはない。間違いなく。
 そのことを、ほんの一瞬噛みしめた。

 マヂエル館を出、さらに奥へと進んだ。
 左手の白壁には賢治の言葉がいくつもいくつも書かれていて、思わず立ち止まって読み入ってしまった。
 言葉に宿る力。
 お腹の底から湧き出た言葉は、強いなと思った。
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 北上川の見える1番奥の手すりには、誰かの作った雪だるまがふたつ仲よく佇んでいた。
 ここは、想像以上に落ち着く。
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by fastfoward.koga | 2009-02-19 22:56 | 旅行けば | Comments(2)

岩手懐古・録  【城のたもとで祈る】

 じゃじゃ麺でお腹を満たしたあと、わたしたちは来た道を戻るように市内観光を始めた。
 まずは明治時代の建物そのままが残る岩手銀行の中ノ橋支店を、道の反対側から眺めた。
 国の重要文化財にも指定されているそうで、近くで見ると時間の積み重ねを感じられるまさに立派な建物だった。
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 そして中津川を渡り、岩手公園沿いをそのまま進むと神社を見つけた。
 ガイドブックによると、そこは桜山神社という南部藩の総鎮守として信仰された神社で、お参りしようとY嬢と石段を登った。
 どこの神社にお参りしても思うのは、手を合わせると日常にはない神妙なきもちになること。
 ほんの数秒できもちが洗われる気がする。
 
 手を合わせたあとは、おみくじを引いた。
 引くときに過ぎったのは、正月に引いた半吉。
 大吉が引きたいなと願いながら、大きな箱の中に手を入れた。
 箱の左下あたりでひと掴みをし、そこでY嬢に、ここでどれを掴んでどれを落とすかがいっつも迷うねん。で、落としたほうがよかったんちゃうかと思うねんかーと言ってみる。
 言葉から迷いが右手に伝わりかけたところを、えいやーっと声に出してひとつに絞って握り締めた。
 
 あとから引いたY嬢と、せーので開いた。
 わたしのおみくじは吉。
 物足りなさを感じながら読むと、「腹立ちやすい心を抑えて利欲をすて 驕(おごり)を戒めれば人望まし利益を得ます」と書かれていた。
 この1年くらいだろうか、あちこち旅をして見つけた神社にお参りして引いたおみくじには似たようなことが書かれている気がする。
 謙虚になれ。
 迷うな。
 
 だからおみくじを開くたびに、思う。
 精進すべし。
 この日も、そのことを固く心に誓った。

 お参りのあとは石垣を伝い、どこから入るんやと入口を探し当てて岩手公園(盛岡城跡)へ足を踏み入れた。
 雪の積もった勾配のきつい坂を、踏みしめながら歩く。
 平坦な場所まで出るまでに、軽く息が上がった。
 まっすぐ前を見ると石碑が見えたので近づいてゆくと、石川啄木の歌碑らしい。
 けれど彫られた文字が達筆すぎて、いきなり書かれた「不来方」の文字が読めなかった。
 仕方なく、わかったところだけをY嬢と声に出して読んでみた。
 このあたりからだろうか、少しずつ旅らしい高揚感が表に出てくるようになっていた。

 公園を小さくぐるりと回って、曇り空の盛岡市内を眺めた。
 そのあとは岩手県内のおみやげがたくさん揃っている特産品プラザらら・いわてを冷やかし、スタート地点に戻るように盛岡駅近くの開運橋へと向かった。
 次に目指すは、宮沢賢治の「注文の多い料理店」を出版した光原社のあるいーはとーぶアベニュー材木町だ。
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by fastfoward.koga | 2009-02-18 20:52 | 旅行けば | Comments(2)

大当たり!

 クロスワードのプレゼントが当たった!
 伊良湖ビューホテルのペア宿泊券!
 1泊2日、夕朝食付き!

 わーい!

 こういうのあんまり当たったことないから、うれしー!
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by fastfoward.koga | 2009-02-17 22:11 | 一日一言 | Comments(8)

岩手懐古・録  【盛岡を食す じゃじゃ麺】

 ホテルに到着し、ロビーで必要な荷物だけ手早くキャリーから取り出すと、まっすぐフロントへ向かった。
 荷物を預かっていてほしいと言うと、チェックインの手続きだけしてもらえれば荷物は部屋に運んでおきますよ、とのこと。
 かじかむ手で必要事項を書き込み、お願いしまーすと再び盛岡の町へと飛び出した。

 まずは腹ごしらえやんなと、ガイドブックを捲り、盛岡名物のじゃじゃ麺のお店を探した。
 ここか、あとはこれかなーと2店舗地図で場所を確認し、ホテルの前の通りをまっすぐ盛岡城跡公園の方向へと向かって歩いた。
 大通り商店街と呼ばれる飲食店や銀行などが並ぶメインストリートを抜け、目当ての店はこのへんやなと脇道を看板探して注意深く見るが、見つからない。
 おかしいなと再度ガイドブックを見たときに、2店舗とも日曜定休と書かれた文字を発見。
 仕方ないなと、ガイドブックに載っていた最後の店に予定を変更するべく、先へ先へと歩き続けた。

 お目当ての店、その名も「盛岡じゃじゃめん」はすぐに見つかり、まんまな名前やなーとY嬢と呟きながらお店に入った。
 奥のテーブル席がわたしはまったく目に入っておらず、カウンターか座敷しかないと思い込んで、ふたりして脱ぎにくい靴を脱いで座敷に上がった。
 テーブルの上のメニューを見ると、じゃじゃ麺と共にかき玉子のスープの映った写真が一緒に置かれていた。
 じゃじゃ麺も小・普通・大や、「冷」と書かれたものなどあり、結構選べるんやと眺めてしばらく見ていた。
 実はじゃじゃ麺に関してはガイドブックに載っている紹介文も斜め読みしていたくらいで、それほど飛びついて食べたいと思っていなかった。
 じゃとりあえずじゃじゃ麺の並(温かいほう)とチータンタン(鶏卵湯)というスープをそれぞれ注文した。
 すると店員さんは、「チータンタンはご一緒にお持ちしてよろしいですか?」と聞いてきた。
 どういう意味かわからずハイと答え、Y嬢と、これは所謂ドリンクを一緒にお持ちしましょうか、食後がいいですか、という意味だろうとこそこそと話して結論とした。

 そうこうしていると初のじゃじゃ麺とチータンタンが運ばれてきた。
 親切にもテーブルに置かれていた食べ方を参考に、チータンタンには塩胡椒を好みでふりかけ、じゃじゃ麺にはにんにくやしょうがを加えよく混ぜ合わせた。
 いただきまーすと、わたしはまずチータンタンを一口。
 冷えた体にスープが染み渡る。
 おいしーと、次はじゃじゃ麺を口にしたら、これもまた予想外においしかった。
 もともと味噌が特別すきなほうではないので、麺の上に乗った肉味噌がどうかなと思っていたら、いったい他になにが入っているのか、麺をずるずる啜りだしたら止まらなくなった。
 じゃじゃ麺に加える調味料はにんにくしょうが意外にも、さっぱりが好みならお酢、辛いのがすきならラー油など、味のアレンジはいろいろできるらしい。
 量も、出てきた器を見て一瞬少ないかなと思ったけれど意外に麺がボリュームがあって、プラススープでちょうどお腹いっぱいになった。
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 満足満足、と膨れたお腹を抱えるようにしてよっこらしょと長靴を履き、コガトラベル代表兼会計係のわたしは伝票を持ってレジへと向かった。
 ごちそうさまですと伝票を差し出すと、1000円です、と店員さんの声。
 あれ? 聞き間違えたかなと、恐る恐る1000円札1枚を差し出した。
 しばらく店員さんとレジの前で、漂う沈黙。
 あ、1000円で間違いないんかと店員さんを見ると、レシートが出ないので、と申し訳なさそうに言われた。

 お店を出てからY嬢に、おいしくてお腹いっぱいになってあれでふたり1000円ってなんて安いんや! とふたりで頷きあった。

 ちなみに今ガイドブックを読み返して、チータンタンをご一緒にお持ちしましょうか? と尋ねられた意味が判明。
 まずじゃじゃ麺を先に持ってきてもらい、肉味噌を少し残して麺を食べ終え、そこに生卵を割りかき混ぜたらすいませーんとスープを入れてもらって、チータンタンを作るという食べ方があるらしい!
 勉強不足やったなあ。
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by fastfoward.koga | 2009-02-16 19:43 | 旅行けば | Comments(2)

岩手懐古・録  【ひんやりした町】

 定時に出発した飛行機は、一路いわて花巻空港へ。
 時間にして1時間20分。
 着陸態勢からベルト着用サインが消え、ドリンクサービスがあり、しばらくしたらまたベルト着用サインが点灯し、離陸態勢に入る。
 そんな一連の動きを考えると寝てる暇もないなと、シートの前ポケットに入っていた雑誌と「ジャルショップ」をパラパラ捲っていた。
 シートは通路側だったので外の景色はそう見えないけれど、3列の真ん中に座るY嬢がときどき富士山が見える、あれは浅間山か、と小さな窓の外を指差し教えてくれた。
 この日の飛行機は通路を挟んで片側が2列、もう片側が3列で、昨年末の忘年会で普通通路を中心にして左右対称にシートは並んでいるものだろうという激論を交わしたことがあり、ほんまにあるんやーと声に出して言ってみた。
 いったいどうやってバランスをとっているのか。素人には謎だ。

 関東上空を過ぎたころから、空港の案内どおり風で機体が揺れ始めた。
 多少の揺れならと思うものの、ジェットコースターのように一瞬体が宙に浮く感じに気味の悪さを感じた。
 何度目かには言葉にならない声が漏れた。
 が、隣のY嬢はというと、わたしはヘーキと涼しい顔。頼もしい友である。
 やっぱりちょっといややわーと言いつつも、昔ネパールのカトマンズ・ポカラ間の飛行機のあの揺れを思うと耐えられそう、なんてことを考えながら気を紛らわせていた。
 花巻に近づくにつれ風は強まったけれど、なんとか着陸完了。
 ほっとひと息ついて、機内を後にした。

 いわて花巻空港は思わず、ちっちゃーと言ってしまうほどのこじんまりさだった。
 予定より到着が10分ほど遅れていたようだったけれど、きっとこの小ささなら盛岡への連絡バスも客を残して出発しないだろうと、ここでちょっとコガトラベル代表の余裕を出してみる。
 案の定、手荷物がなかなか出てこなくてもバスに乗っている人はまだまばらで、しかもいったんバスに乗り込もうとしているのに、運転手さんに乗車券を空港内のカウンターで買ってきてねと言われる始末。
 わたしは、お仕事お仕事とふたり分の乗車券を買いに走った。

 結局空いた状態のまま、バスは空港から盛岡へ向かって出発した。
 キャリーを外のトランクに入れると言われるかと思ったけれどなにも言われなかったので、よいしょと車内へ持ち込んだ。
 こうなるといつものようにそれぞれが2シートを占領し、座る。
 今回共に旅できなかったK嬢がいてもそれは同じで、縦に3列、ふたりが横並びでひとりが後ろ、時にはバラバラに座ったりする。
 そうしていつも互いに笑って言うのだ。
 仲悪いんか。

 その日は横1列で並んで着席。
 そしてあれよあれよという間に睡魔に負けて、わたしはバスが走り始めたのを確認して安心したかのように眠ってしまった。
 盛岡までは1時間弱。
 ぱちっと目が覚めるとすぐにY嬢と目が合い、バツグンのタイミングで下車の案内がテープで流れ始めた。
 わたしたちが降りるのは1番初めに停車する盛岡駅で、そこから徒歩7分ほどのホテルに直行し、とりあえず荷物を預けてお昼と市内観光をする予定を組んでいた。

 道路案内から、盛岡駅が近づいてきたことがわかった。
 バスはだんだん背の高い建物が密集するほうへと向かっている。
 見ただけで新しいとわかる建物が多く、意外に都会やなと思った。
 滑るようにバスは駅前のロータリーに入り、わたしたちも滑るようにバスを降りられるよう準備を始めた。
 道は凍った雪で一面覆われ、地上への第1歩は滑らないように細心の注意を図った。
 空気もひんやりしている。
 気温は1度か、2度だっただろうか。
 ホテルへの道すがら、ちょっと待ってと耐え切れず、わたしはカバンから手袋を取り出した。
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by fastfoward.koga | 2009-02-14 20:28 | 旅行けば | Comments(0)

岩手懐古・録  【飛び立つ】

 2月8日(日)、5時起床。
 ひとり黙々と支度をし、洗面道具や化粧道具など使ったものを最後に詰めてキャリーバックのジッパーを閉めた。
 寝ている親を起こさないように、静かに部屋を出る。
 最後に歯を磨きながら、ちょっとだけベッドに置きっぱなしにしたものが気になって1度部屋に戻って片付けた。

 6時10分に、予約していたタクシー会社のシャトルバスがうちの前までお出迎え。
 ジーンズの裾をインしながら、冬旅にはかかせなくなったカーキの長靴を履く。
 慌てているものだから玄関でひっくり返りそうになっていると、チチが階段を下りてきた。
 小さな声で行ってきますと言うと、気をつけてという返事。
 もうすでにポストに入っていた新聞だけ手渡すと、チチはわたしが車に乗り込んだあとも外に出て見送ってくれた。
 そのチチに小さく手を振る。
 こういうやりとりは、朝早い旅の出発時にしかできないことだなと思った。

 シャトルバスは予定どおり、7時30分に伊丹空港へ到着した。
 途中高速に乗っているときに友人Y嬢から遅れるとのメールが来ていた。
 チケットを持っているのはコガトラベル代表のわたしなので、事前にチェックインしておくからいいよと返事をしておいた。
 久しぶりにJALのある北ターミナルのロビーに足を踏み入れると、中は各地への朝1番の便が集中しているせいでごった返していた。
 早速チェックインを済ませ、手荷物を預けた。
 あとはのんびりY嬢を待つだけと、空いたシートで読みかけの文庫本を開いた。
 新潮文庫の宮沢賢治の「注文の多い料理店」だ。

 なんとか岩手に到着するまでには表題の「注文の多い料理店」まで読んでおきたいと、ざわつく空港のロビーで文字を追った。
 でもY嬢がそろそろ来るかなと思うと気になってしまい、結局連絡のあった到着時間の5分前にはページの間に指を挟んだまま、顔を上げてそわそわしていた。

 Y嬢とともに現れたサプライズ彼氏に見送られ、混んでいるだろうからといそいそと2階へ向かった。
 わたしは朝食用のベーグルひとつだけを慌てて買って、手荷物検査をパスし出発ゲートへと進んだ。
 1階ロビーの案内板には青森や札幌あたりは雪による悪天候を知らせていたけれど、Y嬢に言われて、いわて花巻空港に「△」の印がついていたことを思い出した。
 強風らしいで。あかんかったら仙台空港やって。
 わたしはふーんと、楽天的な返事をした。
 ちょっと予定が狂うのは惜しいけど、もし仙台着になってもなんとかするし、それを楽しめるだけの余裕はあると内心自負していたのだ。

 出発ゲートに着くと、すでに案内は始まっていた。もうロビーにはほとんど人はいない。
 起床から搭乗まで3時間45分。
 さくさくとことは進み、いよいよ機上の人となろうとしていた。
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by fastfoward.koga | 2009-02-12 20:40 | 旅行けば | Comments(4)