言霊の幸わう国

<   2009年 08月 ( 16 )   > この月の画像一覧

タイムテーブル ~茨城・千葉をゆく

★8月24日(月)
 8:51 古河駅発 ⇒(東北本線)⇒ 9:08 小山駅着 
 9:34 小山駅発 ⇒(水戸線)⇒ 10:31 笠間駅着   -笠間散策(昼食)-
 13:31 笠間駅発 ⇒(水戸線)⇒ 13:40 友部駅着
 13:43 友部駅発 ⇒(常磐線)⇒ 13:58 水戸駅着   -水戸散策(夕食) -

★8月25日(火)
 7:27 水戸駅発 ⇒(水郡線)⇒ 8:44 袋田駅着   -袋田散策-
 11:28 袋田駅発 ⇒(水郡線) ⇒ 12:21 上菅谷駅着
 12:32 上菅谷駅発 ⇒(水郡線) ⇒ 12:47 常陸大宮駅 -(車内で昼食)-
 13:11 常陸大宮駅発 ⇒(水郡線)⇒ 13:48 水戸駅着
 14:28 水戸駅発 ⇒(常磐線)⇒ 15:00 日立駅着   -日立散策-
 17:12 日立駅発 ⇒(常磐線)⇒ 17:36 勝田駅着
 18:09 勝田駅発 ⇒(常磐線)⇒ 18:15 水戸駅着   -(夕食)

★8月26日(水)
 -水戸散策-
 11:27 水戸駅発 ⇒(鹿島臨海鉄道)⇒ 12:38 鹿島神宮駅着   -鹿島散策(昼食)-
 14:40 鹿島神宮駅発 ⇒(鹿島線)⇒ 15:02 香取駅着
 15:26 香取駅発 ⇒(成田線)⇒ 16:09 銚子駅着
 17:07 銚子駅発 ⇒(銚子電鉄)⇒ 17:26 外川駅着
 17:38 外川駅発 ⇒(銚子電鉄)⇒ 17:40 犬吠駅着   -犬吠周辺散策-
 18:09 犬吠駅発 ⇒(銚子電鉄)⇒ 18:26 銚子駅着   -(夕食)

★8月27日(木)
 7:20 銚子駅発 ⇒(総武本線)⇒ 8:08 成東駅着
 8:27 成東駅発 ⇒(東金線)⇒ 8:45 大綱駅着
 8:59 大綱駅発 ⇒(外房線)⇒ 9:13 茂原駅着
 9:31 茂原駅発 ⇒(外房線)⇒ 10:12 勝浦駅着
 10:50 勝浦駅発 ⇒(外房線)⇒ 11:18 安房鴨川駅着
 11:20 安房鴨川駅発 ⇒(内房線)⇒ 12:00 館山駅着   -(昼食)-
 13:01 館山駅発 ⇒(内房線)⇒ 13:30 浜金谷駅着   -浜金谷散策-
 16:42 浜金谷駅発 ⇒(内房線)⇒ 17:19 木更津駅着   (夕食)

★8月28日(金)
 8:15 木更津駅発 ⇒(久留里線)⇒ 9:01 久留里駅着
 9:56 久留里駅発 ⇒(久留里線)⇒ 10:15 上総亀山駅着   -亀山散策-
 12:31 上総亀山駅発 ⇒(久留里線)⇒ 13:20 木更津駅着   -(昼食)-
 14:14 木更津駅発 ⇒(内房線)⇒ 14:36 五井駅着
 14:40 五井駅発 ⇒(小湊鉄道)⇒ 15:41 養老渓谷駅着
 17:01 養老渓谷駅発 ⇒(小湊鉄道)⇒ 17:08 上総中野駅着
 17:13 上総中野駅発 ⇒(いすみ鉄道)⇒ 18:02 大原駅着
 18:11 大原駅発 ⇒(外房線)⇒ 19:17 蘇我駅着   -(夕食)-

 
★8月29日(土)
 8:29 蘇我駅発 ⇒(外房線)⇒ 8:35 千葉駅着
 8:39 千葉駅発 ⇒(総武本線)⇒ 8:57 佐倉駅着   -佐倉散策-
 11:56 京成佐倉駅発 ⇒(京成本線)⇒ 12:08 京成成田駅着   -成田散策(昼食)-
 14:04 京成成田駅発 ⇒(京成本線)⇒ 15:18 京成上野駅着


 どんなけ電車乗ったら気がすむねん。
 と、別にチャレンジ精神で立てた計画ではないけれど、改めてこうして書くとよう乗ったなあと思う。
 
 楽しかった? と聞かれても素直にうんと答えられないような、当たり前の手応えがいつもいつも手の中にあった。
 背中のリュックが重くのしかかり自分を修行僧のようだと思ったり、遮るものが少ない広々とした景色を前に最大級の開放感を感じたりしながら、ただ目の前にある道をナイキのスニーカーで歩いた。のっしのっしと。
 おかげで毎日筋肉痛だった。

 こんな旅をしたのに、わたしにはまだ行きたい場所がある。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-31 21:12 | 旅行けば

夏は終わり?

 今日昼前にトーキョーを発ち、午後京都に戻った。
 遅い昼を食べ、選挙へ行き、ひとっ風呂浴びて、その間に洗濯機を回し、干すのはやる気満々のハハに任せて掃除機をかけ、やっとほっこりした。

 長いと言えば長い旅。

 バスを下りてうちへ向って歩く道すがら、ここが自分の町なのだなという思いが湧いてきた。
 でも旅の途中はこれが旅なのだと噛みしめることはなかった。
 線路が続いてゆくように、わたしの時間は旅だからと言ってなにかが切り替わってしまうわけでないのだ。


 今回はできるだけスピーディに、活きがいい間に旅の珍道中を書きたいと思います(目標)。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-30 21:07 | 一日一言

夏の終わりの夏休み

 うだうだした前置きはいらない。

 夏休みだー!
 
 夏といえば鉄旅。
 今年も電車に乗ってきます~。
 帰りは30日です。

 夏の後姿を見届けてきます。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-21 22:10 | 一日一言

基本神話崩壊

 今日は午後から電話会議がふたつ。
 午前中は会議資料を送信したというのに、どんでん返しで急遽差し替え。
 時間があればこんこんと話を詰めたいところだったけれど、時間はない。
 大きな塊のまま、ごくんと飲み込んだ。

 会議が始まると、わたしが必要以上の熱を込めずに説明したその箇所を、やはり確認する声が上がった。
 1度ならず2度。
 そりゃそうだよなあと、心の中でつぶやいた。
「基本はあくまでも基本で」
 こっちは声に出したが、虚しく響いたような気がした。

 今朝電車の中で、参考書だかノートだかを膝の上に広げている女子高生を見かけた。
 おじさんに挟まれたシートでペンケースを取り出して直し、その次に電子辞書を取り出しなにかを検索し始めた。
 そこでふと先月中旬ごろに読んだ朝日新聞の記事を思い出した。
 それはずっと書こうと温めていたことだった。

 わたしはまったく知らなかったことだが、最近の学生の中には電子辞書を使う子が増えているらしい。
 公立高校でも入学して購入するよう言われたという声も、その記事には載っていた。
 例えばジャパネットたかたのような番組を見て、あれを買うのはお年寄りと邪魔くさがりなのだというイメージを持っていた。
 でも今は違うのだ。
 ポケベルも携帯電話もなかった時代に高校生だったわたしは、どうも古臭いらしい。

 電子派、紙派、互いに意見はある。
 電子派は断然軽い、そして便利。
 確かに電子辞書は紙の辞書に比べれば高いけれど将来の投資、こどもが欲しがっても勉学意欲だと思えばいいという。
 一方の紙派は、辞書を引く手間や苦労が「将来の糧になる」、目的以外の欄を見て発見があるという意見。
 どちらかと言えば、辞書を紙派などと言うことすら抵抗のあるわたしとしてはがんばれ紙派! と言いたいところだが、時間が無限でないことを身に沁みている立場としては一方的にもなれないなと考え直したりする。

 そんなふうに新聞からの問いに頼まれてもいないのに真正面から向き合っていたら、難しいと朝から頭を抱えてしまった。
 でもそこはさすがに新聞記事。
 ちゃんとオチがついていた。

 20歳の女子大生は、中学生のころ先生から「英文の読解力を上げるには多読と精読がいい」と言われたからと、「多読は電子辞書」「精読は紙の辞書」と使い分けているらしい。
 なんという頭の良さ! と広げた新聞を目の前にして、思わず手を打ちそうになった。

 けれどそのあとすぐに過ぎる疑問。
 果たしてそんな使い分けができる頭の良い人間がどれだけいるというのだろう。

 基本は基本。
 でもそれは絶対ではない。
 やっぱり腑に落ちないのは、そこなのだ。
 基本って、そんなに緩いもんだっけ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-18 22:05 | 一日一言

光の色

 昨日、大学構内から五山の送り火を見た。
 大文字、左大文字、舟形、妙、法が少し移動すれば見え、鳥居だけは角度が悪く見えなかった。

 いつものようにえっちらおっちら階段を上って上って上って。
 やっと見晴らしのいい場所まで来ると、汗がどっと流れ出た。
 でもしばらくの間出町柳でもらったうちわで扇いでいると、するすると汗は引いた。
 風に湿り気がない。
 ああよかったと、柵にもたれながら思った。

 20時になると、京都の街中からいくつも光が弾けた。
 一瞬自分がなにを見たのかわからなかった。
 でも次の瞬間、それが大文字に向けたフラッシュの光だと気づいた。

 少し時間をおいて、京都の山には文字や形にかたどられた火が灯された。
 人の思いが込められた火。
 明るく白っぽいフラッシュの灯とは違う、もっと熱さをもった橙の光。
 
 まだまだわたしには見たことがないものがある。
 見ないと、感じられないものもあるなあ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-17 21:31 | 一日一言

尾道里帰り・番外編 ~ゴール

c0047602_1665462.jpg

 バス停までの道すがら、防波堤の上を辿りながら風に吹かれた。
 もうちょっとここでのんびりしたいという思いと、帰りのバスが気になる思いとで揺れる。
 こういうとき、わたしはだいたいのんびりを選べない。
 せっかちは損だなと思うけれど、また来るから次の楽しみにと思えることをヨシとするのだ。

 タイミングよく来たバスに乗り込み、一路福山駅へ。
 ずっと寄り添うように見えていた海はあっという間に見えなくなり、代わりに川が姿を見せた。
 今度鞆の浦へ来るときは泊りがいいなと、振り向いたりせずに思っていた。

 福山駅に着いたら、今度は駅北側のふくやま文学館と福山城(福山城博物館)へ。
 駅から近い福山城を後にしたせいで、ぐるっとお城を囲むように回り込んで文学館に向った。
 14時を過ぎて、陽は強く射していた。
 このまま外にいたらどんどん陽に力を奪われそうだと日陰を探して歩こうとするが、陰になるところは見つからない。
 途中から頭のてっぺんに当たる陽射しを感じないように、アンテナのスイッチをオフにした。

 思ったより遠くに、ふくやま文学館はあった。
 しゃれた造りの建物で、外から見ただけでなぜか中のひっそり感が伝わってきた。
 展示は、福山に縁のある小説家・詩人に関するもので、特に福山市生まれの井伏鱒二については複数の展示室が使われ、順路の1番最後には書斎の復元がされていた。
 恥ずかしながら『黒い雨』も『山椒魚』も読んでいないわたしは、暑さのせいか眠気のせいか朦朧とし始めた頭で展示パネルの文字を一生懸命追った。
 朗読が聞けるコーナーや愛用品の展示など、こうして読んだことのない作家でもわたしは興味津々おもしろい場所だけれど他の人はそうではないんだろうなと、誰にも合わない展示室を辿りながら考えていた。

 すべての展示室を抜けると、建物の入口横に図書・AVコーナーがあった。
 お茶もご自由に、と書かれていて、喉が渇いていたので助けに船だと飛びつくと、猫舌のわたしにはとうてい飲めない熱いお茶が出てきた。
 仕方なく冷めるまでの間にと映像ブースに入り、福山縁の文学者に関する映像を見て待つことにした。
 ヘッドフォンを頭につけ、硬いイスに座る。
 ナレーションの声がここちよく、思わずそこでうとうとした。
 誰も来る気配はなさそうだったけれど、1本10分から20分弱の映像が終わるたびに目を開けて適当にボタンを選んで押した。
 そうして小1時間、いごこちのよい文学館でまどろんだ。

 ここでもまた、あーキリがないと重りがついたように感じる体を持ち上げて文学館を出た。
 広くて長く緩い坂道を上りながら、今度は福山城を目指した。
 いつもは新幹線のホームから眺めるだけだった場所。
 何年も尾道にやって来て、初めてお城へ足を運んだ。
 
 とにかくてっぺんまで上れ、上れと自分を励まし、階段を上った。
 お城の階段は1段1段が高いので、普段運動らしい運動をしていないおかげで、よいしょと言う声が漏れる。

 旅の終わりはお城のてっぺん。
 上がってみると意外なものは見えず、いつもの新幹線のホームが見えていた。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-15 15:59 | 旅行けば

そよそよ

 暑さ凌ぎでつけた扇風機がちょうどよい頃合の風を送ってきた。
 という感じの、湿気の少ないさらっとした風。
 今朝も今晩も、過ごしやすくてきもちがいい。
 特急の通過待ちで開いたままの扉から、その風がすーっと入ってきた。

 ダイヤが休日のせいもあるのか、曜日がわからなくなる。
 そう思って見上げるカレンダー。
 夏休みまであと1週間。

 こども並みに、待ち遠しい。
 期待も風にそよぐ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-14 23:15 | 一日一言

尾道里帰り・番外編 ~デラックス

 よしっと踏ん切りをつけて対潮楼を出たあと、わたしはさっき見ていた海沿いの道へ出た。
 行きにバスで1度通っていた道。
 でも対潮楼から見るとまったく違う場所に見え、再び降り立ってもまた違う場所に思えた。

 海沿いの防波堤の上には釣り道具を手にした人たちがたくさんいた。
 わたしもあっち側を歩きたいなと思う一方で、そろそろお昼を食べるお店も探さなくてはと結局反対側の道に留まった。

 ぽつりぽつりあるお店の店構えやメニューを見ながら、バス停ひとつ分往復プラスちょいを歩いてあるお店に入った。
 カウンターの奥の席に案内され、一応メニューを開いてみるものの心はひとつ。
 やっぱりここは鯛めしでしょう! とその名も「鯛めしデラックス」を注文した。

 ちらっと隣の人の食事の様子を見ると、鯛めしデラックスはかなりのボリュウムの模様。
 いつもならためらうところだけれど、朝ゴハンを抜いていたことと13時を回っていたことで自分にゴーサインを出した。
 手際のよい店員さんのおかげで、あっという間にわたしの前には豪華な食事が並んだ。
 おひつに入った鯛めし、驚くほど厚く切られた鯛のお刺身。小鉢にお汁などなど。
 うおーっという心の叫びが声なって漏れそうになるのを押さえ、いただきますと軽く頭を下げる。
 食べる順番、お腹の満たされ具合。慎重にいかにおいしく食べられるかを考えながら食べる。
 端から見るとあやしいかもしれないけれど、旅先でひとりでゴハンを食べるといつもこんな感じだ。

 余裕かと思われた鯛めしデラックスは結構手ごわく、お茶碗1杯半が少し苦しかった。
 でも上品な薄味で鯛の味をめいいっぱいさせたこのご飯を残すわけには、と妙な使命感で最後は食べ切った。
 最後に、大変おいしゅうございましたと心の中で手を合わせる。

 お店を出たあとは、念願の防波堤に上る。
 立って歩くと、あまりの高さに体がぐらついた。
 それを、たいして強くない風のせいにする。
 
 遮るものがない開放感をここでも感じる。
 ひょいっと足を浮かせたら、飛べそうな気もしないでもない。
 お腹いっぱいになって、ちょっと調子に乗りすぎだ。
c0047602_2023745.jpg
 
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-12 20:32 | 旅行けば

あかりがつなぐ記憶

 「天若湖アートプロジェクト2009 あかりがつなぐ記憶」


 探していた灯りが見えたかもと、助手席の友が言った。
 見えないだろうなと雨の中車を走らせ向った日吉ダム。
 とりあえず、少し先にあったパーキングに車を止めた。
 すると不思議なことに、続いて2台3台と車がパーキングに入ってきた。
 車から降りた人たちはみな、友が灯りが見えたという場所へ向って歩いていった。

 人が通り過ぎたあと、車のエンジンを止めた。
 ライトを消すと、なにも見えなくなった。
 残像でカバンを手にし、傘を取り、ドアを開けて外へ出た。
 改めて外気に触れると、外の暗さが押し寄せてきた。
 少し待っても目が慣れる気配がない。
 いつもならもうぼんやり見えるものがあるはずなのにと、きもちはあせった。
 けれど前をゆく人たちが照らす懐中電灯の灯りが、道標となった。

 灯りが見えたというのはちょうど橋の上で、欄干に沿うように立っている中から「こんにちは」という声が聞こえた。
 わたしは言われたまま「こんにちは」と疑問に思わず返すと、後ろで友が「こんばんは」と返していた。
 そう、あたりは陽が沈んだあとの暗闇なのだ。
 自分の間違いを笑い飛ばした声の主は、その場所で誰に聞かせるでもない様子でダム湖に灯る光について話し始めた。

 わたしと友が訪れていたのは、かつて人が暮らしていた場所。
 日吉ダム建設で沈んでしまった、ずっと下のほうに隠れた集落。
 普段ならそんなことなど見てもわからないその場所に、土曜と日曜は灯りが点った。
 1軒1軒の家の座標軸を調べ、実行委員として参加した大学の学生たちがダム湖にボートを浮かべ正確に灯りを落としていったのだ。

 真っ暗なダム湖には、ぽつりぽつりとその灯りが見える。
 声の主は実行委員会の大学の先生のようで、沈んだ集落についてもくわしかった。
 あそこには小学校が、あそこには楽河(らくが)という集落が、こっちは世木(せぎ)という集落が、とビューポイントを案内しながら教えてくれた。 
 日曜の朝から日吉ダム周辺は強い雨が降り、浮かべた灯りのいくつかは水に沈んでしまったものもあったらしく、灯りの数は少なく頼りなげな光を発していた。
 それでも、街灯ひとつない場所では充分存在感のある光だった。

 ビューポイントを案内されながら、車を走らせては止め、走らせては止めのくり返し。
 その中で、車のライトを消した瞬間の暗さにざらっとした違和感を感じた。
 暗い中でふっと生まれるそのきもちをそのままに車を降りると、暗さは黒い布で覆いかぶさるように怖さを呼んだ。
 でも人の気配を感じるとそれも長くは続かず、残るのは暗闇に立つ自分の無防備さだった。

 途中橋の上で灯りを見ていたときに、先生が言った。
「12時を過ぎると、もっと灯りがきれいに見えるんですけどね。」
 なんでですか? とすかさず質問すると、先生はこう答えた。
「京都市内の灯りのせいで、空が明るいんです。」
 意味がわからなかった。
 友もわたしももう充分に暗さを実感しているのに、これでもまだ空が明るいとは。
 それでも空を見上げると、確かにわずかな白さが残っている気がした。

 暗闇とはなんなのか。
 走らせる車の中で、途切れ途切れ友と話をした。
 これでも充分暗いやん。でも明るいって?
 自分たちがいかに灯りに溢れた中で暮らしているのか、思い知った。

 帰り道1番初めに見つけた街灯が、通りかかったコンビニの灯りが、眩しく感じた。
 高架になった道で、ずっと向こうの、京都市内の方角が煌々と雨上がりの空を鈍く光らせるのが不思議な絵に見えた。

 帰ってきて、恐怖心を抱いたのにあの暗闇にまた身を置いてみたいと思う自分がいた。
 眠る前に目を瞑ったとき、この暗さは本物の暗さではないのだとその答えを頭の中で反芻した。
 きっと今の生活の中でわたしが暗闇を手にできるとするならば、それは眠りの世界だけなのだろう。
 でもそれは覚醒しているわたしには見えないから、手にする実感はいつまでも得ることはできない。

 そう思うと、あの場所へ舞い戻りたいという思いが溢れる。
 天女の衣でも見に纏い、ふわーっとかつて人が住まった湖のそばへ。
 そのせいだろうか、昨日は暗闇に光る灯りがいくつも見える夢を夜な夜な見ていた。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-10 22:59 | 一日一言

尾道里帰り・番外編 ~双眼鏡の先

 対潮楼で、いったいどのくらい海から吹く風を正面から受け止めていたか。
 たぶん数10分。
 でも数時間はいたような気がする。
 ずっといたいなでもな、をくり返していると、ひと組のご夫婦がやって来た。
 これを潮に立ち上がらないとと、特等席を譲るつもりで立ち上がった。

 入口に繋がる廊下の脇に、もうひとつ部屋があるのが見えた。
 あるものはとりあえず流しても見る主義なので、すすすと奥へ行く。
 お寺らしく仏像などが置かれていたので、しっかり手を合わせる。
 ここはお稲荷さんではないけれど、狐に夢で襲われるのはもうたくさんだ。

 諦めきれずに座敷の端からまた窓の外を見る。
 すると係の女性の方が近づいてきて、そばにあった古い鉄の塊を指さした。
 なんだろうとそのまま説明を聞くと、双眼鏡だと言う。
 覗いてみると弁天堂が見えた。
 ここにカメラのレンズを当てると写真も撮れるのよ、と教えてもらったので、何度かピントあわせを試みてシャッターを押した。
c0047602_2224272.jpg
 
c0047602_2274863.jpg
 双眼鏡のあまりの古さに愛しくなって、掌で撫でてみる。
 鉄らしい硬さと冷たさが手から伝わって、口の中で鉄の味がした。
[PR]
by fastfoward.koga | 2009-08-08 22:20 | 旅行けば