言霊の幸わう国

<   2010年 01月 ( 20 )   > この月の画像一覧

たびあとあしあと(2009年)

 1月も今日で終わりかと、カレンダーを見てはたと気づく。
 そういえば、昨年のアレの振り返りをしていなかった、と。
 こういうことはちゃんとやっとかんとねー。

 2009年の旅の振り返り(2/5訂正追加しました)。

1.岩手+角館
2.鳴門
3.四国四県
4.尾道・鞆の浦
5.茨城・千葉
6.京都 天橋立
7.香港・マカオ


 なんだかもっと旅へ出たような気がしていた。
 ぐるぐると巡っていたのは、わたしの足ではなく頭だけだったか。

 1年を経過すると、あの場所へ行ったのはいつだったかと考えても、すぐに思いつかない。
 旅をしながら考えていたことを思い出してやっと検討がつくぐらいだけれど、そこで感じたいくつかの、両手で持てるくらいのことは不思議と忘れない。
 それがほしくて旅をしているのだから、あとは多少忘れても構わないのだ。

 今年もスクーリングやらなんやらで、旅に出たいというきもちがおいてけぼりにされるだろう。
 でも時間をかけてゆっくり旅ができなくても、行きたいと思ったきもちはパウチしてびゅんと飛んでゆこうと思う。

 行ってしまえば、こっちのものだ。
 さあ、今年もゆくぞ。


 ★★★ 久々に更新してみました経県値(2009年実績)。
 あとは、自分の足で行っていない群馬・山梨・福井あたりに行ってみるかなー。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-31 11:25 | 旅行けば | Comments(0)

バカ親子

 今日は1日、「フィールドワーク基礎」の課題づくり。
 先日ハハに付き合ってもらって歩いた自分の町を、寺社にポイントを絞って模造紙1枚にまとめ、「絵地図」を作った。

 昼食後に本格的にとりかかり、黙々とandymoriをエンドレスで聴きながらやっていたのだけれど、途中から形が見え出すとおもしろくなり、想像以上に楽しんでできた。
 意見をもらおうと、夕方レイアウトとコメントを下書きしたものをハハに見せたら、意外にも感心された。

 お父さんにも見せたげて、とハハが言うので、娘もバカ正直に夕飯後、八割方の出来でチチのところへ持っていった。
 フリーハンドでまっすぐ横に字を綴れるとか、ちょうどいい太さのペンで読みやすい字を書けるとか、いい加減に撮ってきた写真が結構よかったとか、我ながらと思う部分は確かにある。
 が、しかし。
 いいやろ~と親バカ満載のハハにつられたのか、チチもへ~とかほ~とか口にしながらすべてに目を通したあと、最後にこう言った。
「文章もよくできてました。」

 ・・・ああ、まるで小学生。

 テレビを見ているところを割り込み本読みの宿題をして見せたときのように、ふたりに褒めてもらった。

 いつまでもこういうことしてるから、嫁にも行かずうちにいるんよな、わたし。
 ちゃんとわかってんで。
 でも、馬鹿馬鹿しいと呆れられても、それはやっぱりうれしいねん。
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-30 23:22 | 一日一言 | Comments(2)

さらばサリンジャー

 始業前、会社のデスクでサリンジャーが亡くなったことを知った。
 昼休みにネットのニュース記事を読み、まだ生きていたのかと思った。
 享年91歳。
 長生きしたんだねぇ、とどこともなく語りかけた。

 初めてサリンジャーを読んだのは、大学生のとき。
 今本棚を探してみたけれどなかったということは、おぼろげな記憶どおり、ともだちに借りたのだろう。
 もちろんそれは、『ライ麦畑でつかまえて』だ。
 すぐに思い出す、青と白のシンプルな装丁。白水Uブックスのものだった。

 初めて読んだ感触は、よくなかった。
 でも全否定もできなかった。
 ただ、「若者のきもちを代弁している」という世間の評判に頷けなかった。

 そのわりには、おそらく続けてだろう、『ナイン・ストーリーズ』と『フラニーとゾーイー』を買って読んでいる(本の中に1993年5月とサインがしてあった)。
 でもこれも、すごくおもしろいとは思っていなかった。
 こういう世界が、小説があるのだと飲み込むような読み方をしたはずだ。

 数ヵ月後に『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア-序章-』、その2年後にI・ハミルトンン著の『サリンジャーをつかまえて』、そして『ライ麦』から10年近くたってから村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んだ。

 思えば、わたしは『ライ麦』より『フラニーとゾーイー』などの「グラース家」の兄弟たちの話を好んで読み返した。
 サリンジャーの作品で1番すきなものを挙げるなら、『ナイン・ストーリーズ』の中の「バナナフィッシュにうってつけの日」と「小舟のほとりで」を選ぶだろう。
 わたしは、サリンジャーのちょっと人を小ばかにしたようなところがすきなのだ。

 これを書くために、本棚からサリンジャーの本をすべて抜き出してきた。
『フラニー』と『ナイン』は何度か読み返したせいかカバーが少し汚れ、ページの色も若干黄味を帯びている。

 ぱらぱら捲ると、湿った匂いが鼻についた。
 今すぐ、全部放り出して読み返したくなった。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-29 22:16 | 一日一言 | Comments(4)

木曜の夜

 月曜から金曜までの定型勤務に替わってから、金曜日の夕方が少し特別になった。

 すっかり暮れてしまった道を、靴音を鳴らして駅へ急ぐ。
 なにが待っているわけでもないのに、スピードは緩められない。
 帰ったらなにをしよう。
 土曜日はなにをしよう。
 日曜日はなにをしよう。

 まあ今は課題とかレポートのことばかり頭に思い浮かんで、色気もない。
 でも、あの本を読もうとか、あの音楽を聴こうとか、あれを書こうとか考えるのは楽しい。
 ちょっと厚い上着を脱いだような開放感が、帰りの電車の窓に映る自分に滲んでいるのが見える。
 うちに帰って部屋に入ると、手にしたカバンを放り投げて、バンザーイとやりたくなる。

 そういう意味で、木曜の夜は気が抜ける。
 サイコロを振っても振っても、前にも後ろにも進めない。
 そういう夜。

 でも、今夜は月がきれいだな。
 
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-28 23:18 | 一日一言 | Comments(0)

電車酔い

 今日も通勤電車で、『第一阿房列車』の続きを読む。
 ガタゴト揺られる自分が、文字を追うスピードと一体化して、これから仕事だというのにうっとり、酔いしれた。
 
 いいなぁ、百閒(あえて、名前呼び捨て)。
 わたしも、「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」って、どこかへ行きたい。
 しかも行くために借金してって、そのゆるさが心底うらやましい。
 真面目すぎて、わたしにはできんよ、百閒。

 帰りもまた本を開いて、途中うとうとして、電車を乗り換えて、つり革を握りしめてまた読んで。
 最寄り駅の改札を抜けたとき、ふと、あれ? 今日は雨だっけと思った。
 どことなく湿った空気を鼻先でキャッチしたけれど、ほんとうはそこからじゃない。
 さっきまで読んでいたのが「区間阿房列車」で、百閒と連れのヒマラヤ山系が次の電車を待つ御殿場国府津駅で、雨に降られていたからだ。

 文字と現実の境目が見えなくなった。
 あっちの世界と、こっちで迷子になった自分に、また酔った。
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-27 20:25 | 一日一言 | Comments(0)

真夜中の遊園地

 今朝の通勤電車から、内田百閒の『第一阿房列車』を読み始めた。
 いつもなら本も目も閉じてしまう駅を通り過ぎ、このばかばかしさがたまらないと帰りの電車を心待ちにした。
 が、しかし。
 寄り道ついでに寄り道してしまった本屋で、数日前から目をつけていた吉田篤弘の『圏外』を急に買う気になってしまった。
 周囲の平積みより低くなったその本を、まさに金塊を掘り起こすように取り上げたあとは、一直線でレジへ。
 あとはもう待ちきれず、地下鉄を待つホームで袋から取り出して本を直に持った。
 分厚さは、伊坂幸太郎の『モダンタイムス 特別版』並み。
 でも装丁が軽く、厚さを我慢すれば片手で読めないこともない。
 ページ部分の肌触りが良く、左手の親指で何度もなぞっては小さな波を作っていた。
 読む前からこれだけ胸の高鳴る本は、少ない。
 前に読んだ吉田篤弘の『針がとぶ』のような小説を書いてみたいと思ったせいで、これもすごい出会いなのかもしれないと思った。
 でも発行日を見ると「2009年9月」となっており、どうしてもっと早く出会えなかったのかと、今まで何度も言われた陳腐な男の陳腐なセリフのようなことを頭に浮かべ、両方に軽く後悔した。
 ホームで目次、車内で数ページ読み、地下鉄を降りるとき、目の前に砂漠なのか砂浜なのか、大量の白い砂がかさこそと足元で風に掬われている絵が見えた。
 最近ずっと命題のように頭にある、自分はなにを書くのかという問い。
 ここで考えてもたぶん見えないだろうと思いながらも、だからと言って考えることをやめたらもっとわからないと考え続けている。
 それがふと、自分の書きたい小説のイメージはこれなのだと、それだけじゃどうにもならないけれど、それだけはわかった。

 京阪の特急に乗り込んだら、ただひたすらページの肌触りを楽しみながら読み進めた。
 途中同じ姿勢につらくなって首を回したとき、静かにカバンの中で潜んでいる『第一阿呆列車』を思い出し、約束を反故にしてしまった自分の尻の軽さを認識した。
 でも、浚われたきもちはもうどうしようもない。
 次の乗り換えでも『圏外』を手から離す気にならず、左手でしっかり握りしめていた。
 なにを書くのか、なにが書けるのか、なにを書きたいのか、なにが書けるのか。
 物語の間に、サブリミナル効果のようにその問いが頭を過ぎった。
 思考のメリーゴーランドは、留まることを知らない。


 今朝、くるりのHPにアップされていた岸田くんの日記を読んだ。
 会社のデスクで、つーんとなった。
 最近ずっとだけれど、涙もろくてほんとうにまいる。
 ほんとうはもっと長い日記だけれど、ちょっとだけ引用。

「過渡期を経て、新しい考え方が必要な時期に、かくあるべきモノを作らなあかんと、決死の覚悟で挑まなあかんなと思ったりしてます。

(中略)

答は出えへんけど、自分が認められたいなんて欲はさらさらなくなったけど、大切なものごとや、大切にしてくれた人たちのために精一杯音楽がやりたい。くるりを大切にしてきてくれた人たち、ほんまにありがとう。

とりあえずちゃんと食ってちゃんと寝て、きばりまーす。

ほなまたねー。」
 
 岸田くんの京都弁が、耳元で聞こえるようやった。
 特に、「ほなまたねー」がリフレインした。
 うまく言葉にできひんけど、「ほなまたねー」みたいなものが書きたいと思った。  
 ずっと前のライブのMCで岸田くんが第一声で言うた「あんなぁ~」みたいに、「あぁ、もうっ」と射抜かれたことがちょっと悔しくでも愛しくなるようなものが書きたい。
 それがいったいどういうもんかはやっぱりわからず、ただ白い砂漠が見えているだけやけど、自分の足で辿り着きたい、その砂を踏みしめたいとひたすらに願う。
 なんやわけのわからん言葉をだらだらと並べたけど、今夜も思考のメリーゴーランドは回り続ける。
 考えることをやめたら、あかん。
 前に進まな。前に。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-25 23:05 | 一日一言 | Comments(4)

圧巻

c0047602_2154239.jpg

 昨日、大阪・天保山のサントリーミュージアムで開催中の『井上雄彦 最後のマンガ展 重版(大阪版)』を見に行ってきた。
 入場制限あり、しかも入場するまでに30分以上の行列。
 井上雄彦じゃなかったら我慢できないなと、思った。

 相変わらず『スラムダンク』も『バガボンド』もまともに読んだことがないくせに、昨年末地下鉄で『最後のマンガ展』のポスターを見つけたとき、一緒にいたK嬢とすぐに行こう行こう! と盛り上がった。
 昨日も地下鉄の駅を降りたところから、「よしっ」と意気込む心の声を思わず口にしたK嬢とともに、本人がいるわけでもないのに、妙にそわそわ。
 サントリーミュージアムに近づくにつれて、テンションが高くなっていった。

 夜待ち合わせがあったので、行列に並んでいる間は何度も時計を見ていた。
 でもやっと中に入ってストーリーを追い始めたら、時間のことなどどうでもよくなっていた。

 初めは描かれたそのひと筆ひと筆に目を奪われた。
 これが人の描いたものなのかと思っても、わたしの想像などはるかに超えていて、今自分がなにを見ているのかよくわからなくなった。
 あぁこれはそんなことを深く追究してはいけないなと頭が自然にストップをかけ、途中からするするとマンガを読むことに集中していった。

 ここで描かれているのは、武蔵の最後。死について。
 
 白い壁、真っ黒真っ暗にされた部屋、淡い光。
 壁から顔を覗かせた途端、迫力に慄いた絵もあれば、誰もがほおっとするような大きくて優しい絵が並んでいる場所もあった。
 ただの原画展ではなく、マンガ展と名をうつだけあってちゃんと読ませる工夫がされていた。

 間のとり方はバツグンだった。
 最後のほうになにも描かれていない1枚があったけれど、それは余韻を感じるために必要な1枚だということがよおくわかった。

 鳥肌がたったり、こみ上げてくるものがあったり。
 絵の中から風を感じたり。
 
 見終わったあとには公式図録を買う! と宣言していたけれど、結局製作過程を記録したDVDを買って帰ってきた。
 図録を買ってしまうと、きっともう見に来ないと思ったのだ。
 今日はとりあえずストーリーを追う。
 次は絵を味わう。
 1度で見切れるものではない。
 今DVDの本編を見終わったけれど、今見たらきっとまた違うものが必ず見えると確信した。

 会期は3月14日まで。
 あと何度見られるか。

 みなさまも、ぜひ。ほんまに、ぜひ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-24 15:24 | 一日一言 | Comments(4)

生まれたての空気

 1週間、とにかく眠かった。
 帰りの電車では、睡眠薬の入った飲み物を誰かに飲まされて誘拐されるんじゃないかというくらい、眠かった。
 今日も、明日図書館に返却予定の参考文献を読んでしまおうと電車で開いていたけれど、気づくと右手で押さえていたはずのページがぱらぱら捲れ、あわてて目を開けて本を閉じた。

 でも、朝起きられなくて困ることはない。
 目が覚めて、今ここでもう1度目を閉じられたら幸せだろうと思うことはあっても、それを実行することはない。
 眠いな、今度いつ寝坊できるんやっけ、ときもちはうだうだしても、数秒でふとんから出られるし、支度するのものろのろしない。
 わたしにとっては二度寝の誘惑よりも、毎日決まった時間にうちを出られない恐怖のほうが勝るのだ。

 今は6時43分になったら、玄関へ向う。
 重いドアを開けると、マフラーとすでにかぶったヘルメットとの間にその日それぞれの冷たい空気が触れる。
 最近エンジンのかかりがよくないベスパに跨るまでに、その寒さに体をなじませておく。
 今日は大丈夫かも、と思っても、走り出したとたんに予想が覆されてうおおっと叫んだりする。

 でも、朝陽に向って走るのはきもちがいい。
 しだいにしのび寄るキンキンの寒さに身震いしても、空気が生まれたてに感じる。
 空が晴れているとその思いはさらに増し、信号待ちでその青さに見とれたりする。

 毎日同じ時間に同じ道を走る。
 飽きるほど見てきた景色でも、そこにあるのは同じ空気ではない。
 同じことと違うこと。
 その両方に、朝から救われる。

 冬の朝は、いい。
 寒ければ寒いほど、冬に感謝したくなる。
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-22 23:29 | 一日一言 | Comments(0)

ごわごわ

 なにがあったというわけでもないが、今夜はきもちがごわごわしている。

 1時間ほど前に雨が降り始めた。
 雨音に気づいたとき、犬がなにかに気を取られて急に足を止めるように、わたしもそれまでの思考の流れがストップした。
 耳を澄まして音を追いかけたけれど、じわっと胸に沁みこむようなものは感じなかった。
 そこで自分がなにか期待していたことに気づいた。

 それでもお風呂上りに湯冷めするというのに、窓を開けて雨音を聴いた。
 湿った景色、匂い、音。
 今日の雨は特効薬ではないらしい。

 こういう夜はたまにあるのだ。
 朝から夕方、夜の入口までなんてことなく過ごしてきたのに、階段を踏み外したようにひとり部屋で落ちる日が。

 今胸からせり上がってくるものを吐き出せたら楽やのにな、と金魚さながら口をぱくぱくさせてみる。
 でも出てくるのは、深い息だけ。
 そこで吐いてばかりだと、胸を押し上げるようにして鼻から息を吸い込むと少し楽になった。

 今日は1日中考えごとをしていたから、頭がパンクしそうだときもちが先に反応したのだろう。
 労わって労わって。
 過信は禁物。
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-20 23:32 | 一日一言 | Comments(0)

オザケーン!!!

 オザケンこと小沢健二が、13年ぶりにツアーをやるという。
 ヤフーニュースで見出しを見たとき、うちにいたので思わず声が洩れた。

 チケットが、取れるといいなあ。
 取れたら、予習? 復習? していかなくては。
『LIFE』あたりの曲と、新曲を織り交ぜてするらしい!

 わおーっ!


 くわしくは、こちら ⇒ 「ひふみよ」
[PR]
by fastfoward.koga | 2010-01-19 19:37 | 一日一言 | Comments(6)