言霊の幸わう国

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コーヒーゼリー

 借りていたDVDを見たり。
 くるりの『僕の住んでいた街』をかけたり。
 久しぶりに足を運んだブックオフで、思いのほか状態のよかったので購入した西加奈子の本を読み始めたり。
 夜風に吹かれて、ベスパを走らせたり。

 気分が上がるようにと、いろいろ試してみたものの。
 どうにもこうにも気分が乗らず、今は辞書をお腹に抱えるようにしてディスプレイの前にいる。
 
 スクーリングの課題も、レポートも、1行も書けていない。
 レポートを書くために必要な本はすでに2科目分読んでいるというのに、一向に書く気が起こらない。
 欲望のまま睡眠を貪ったせいか、首は凝るし、頭はぼんやり。
 今わたしの脳は、コーヒーゼリーみたいになっているに違いない。
 ぐにゅぐにゅのごにゃごにゃ。
 まともに動くはずはない。

 休みの日に、仕事のことを考えるのはすきではない。
 休みは休み、仕事は仕事。
 会社を出たとたんにスイッチが切り替わるようになっているから、この週末も仕事のことを気にしているつもりはなかったけれど。
 こうして悶々としていると、来週もペースをかき乱されながら仕事をしなくてはいけないのかと想像して、それだけですでに疲れを感じている。

 ばかみたいだ。
 ありもしない疲れを先回りして感じて、ぐったりするとは。

 あー、甘いものが一口食べたい。
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by fastfoward.koga | 2010-05-30 20:43 | 一日一言

おんぱくーっ!

 そろそろじゃないかと、今朝思っていたところだった。
 京都音楽博覧会、通称「音博(おんぱく)」の季節が、いよいよ近づいてきた。

 今までの出演者のラインナップを頭に浮かべ、期待は裏切らないと思っていたけれど。
 HPで発表された第1弾出演アーティストに、あった!

 andymoriの名が!

 同じ週に大阪のワンマンがあるので実は内心期待していたものの、その名を見つけ、生きててよかったと思ってしまった。
 先週から仕事のことでくさくさしていたけれど、これで一気に吹っ飛んだ。
 むっちゃ、楽しみ!

 9月19日(日)、いいお天気でありますように。
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by fastfoward.koga | 2010-05-26 20:55 | 一日一言

社会人の明日

 最近、仕事のことを聞かれると口がもごもごする。
 どう? なんて質問されても、言葉は見つからない。
 というより、誰かに聞かれる前にちょっとでも考えたことがあれば記憶の抽斗からすっと出せるはずだから、正しくは考えてもいないのだ。

 大学に行くようになってから、忙しいとかしんどいとか疲れたという言葉の頻度は減った。
 思わず出てしまうことはあるけれど、言っても楽にならないとわかる程度に頭が働いているときには、ふうっと息を吐いて代用している。
 忙しさもしんどさも主観的で、この程度で言うのは知らない誰かに悪いなと思うのだ。

 だからと言って、疲労感がないわけではない。
 思うように進まない複数の仕事や、うだつの上がらない課長のいねむりとそれとは真逆の針が振り切った部長の声に閉塞感を抱いてしまい、会社を出たあとも心のシャッターを下ろした自分が久しぶりに出てきたのがわかった。
 帰りの電車でも傘の持ち方の横着なサラリーマンに、客を客とも思わないバスの運転手にムッとしながらも、怒りの沸点が上がらないようにそろそろとうちへ向った。

 そんな平日。
 せめて着てゆく洋服で気分を上げなければ、と、つり革を持って考えるのは明日の洋服。
 天気と気温がどんなものなのか、見当をつけながら頭の中でシミュレーション。
 鏡を覗いて肌の調子を確かめながら、今週もひどくなりそうな目の下のクマを撫でる。
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by fastfoward.koga | 2010-05-24 23:11 | 一日一言

深夜列車

「くるり詩集」を買った帰り道、市営地下鉄の最終電車でぺージを開いた。
 歌詞カードと同じ言葉が並んでいるのに、その言葉のひとつひとつに、書籍になる意味を知った。
 大き目の文字にページの余白。
 頭の中でメロディをつけて、読んだ。
 アルコールも背中をぐいぐい後押しし、胸にじんとくる。

 久しぶりに残業せず会社を出た日、シートに腰かけてから、ずっと開いた雑誌に目を落としていた。
 主要ページを読み終えて顔を上げ、初めてそこで車内の静けさに気がついた。
 車内は、シートがすべて埋まり、立っている人がまばら。
 だというのに、平日の終電近い普通電車のように誰ひとり音を立てず、気配すら消している。

 周囲をしばらく観察したあと、自然に閉じた雑誌をまた開いた。
 心地よい揺れの中で文字を追う。
 自分の部屋にいるようで、落ち着いた空気に包まれていた。
 
 こういうことは、たまにある。
 たまにあると、旅に出たいなと思う。
 旅がしたくてしたくて、たまらない。
 暗くてどこを走っているかわからない町を、走る列車に乗りたい。 
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by fastfoward.koga | 2010-05-23 19:45 | 一日一言

水曜日と金曜日のはざま

 終業時間間際、ふっと今日は金曜日だと頭が考えた。
 今週初めから手をつけていた仕事のめどがたって、気が緩んだのかもしれない。

 水曜日だと思い出したときの、あの喪失感。
 体中の力が、抜けた。

 くーーーっ。
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by fastfoward.koga | 2010-05-19 21:47 | 一日一言

鹿児島スリーデイズシックスストーリーズ ―番外編(ハナウタコバージョン)

 鹿児島スリーデイズでご案内役を担ってくださったハナウタコさんが、ご一緒してくださったときの写真をアップされています(一部、わたしの後頭部も登場してます)。
 わたしのぼんやりスナップとはまったく異なる、味のある写真です。
 どーぞ、ページを前に後ろにと、他のお写真も含めご堪能ください。

 で、そのあと「鹿児島スリーデイズシックスストーリーズ」を読み返すと、違ったものが見えるかも!?

 ★★★ ⇒ harmonico
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by fastfoward.koga | 2010-05-16 20:42 | 旅行けば

飛行機雲のゆくえ

 夕陽のオレンジが、西の空だけじゃなく北の空にも侵入していた。
 思わずベスパのグリップを握る自分の手もオレンジ色に染まっているんじゃないかと、信号待ちの隙間に手の甲を見た。
 その空に、飛行機雲がひと筋。
 あまりの太さに、運転しながらちらちら見る。
 うちに着いてからもその行く先が気になって、見晴らしのよい橋までぶらぶら歩いた。
 きれいに描かれたグラデーションの絵を、引っかいた跡。
 数分の間に4本の線が引かれた。
 あの、雲を長く長く引く、飛行機に乗りたかった。
 飛行機からは、尾を引くような雲は見えたのだろうか。
 夕焼けの余韻に浸るため、今日はいつまでもカーテンを引かず、灯りもつけず、飛行機雲の代わりに浮かんだ星とその雫を受けるように現れた細い三日月を見ていた。
 明日は、晴れの月曜日。
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by fastfoward.koga | 2010-05-16 19:53 | 一日一言

冷凍保存から目覚める

 電車が駅で止まった。
 大きく開いたドアの向こうに、朝の陽射しに照らされた新緑の葉が見えた。
 あまりの瑞々しさに初夏を感じていたそのとき、いつもの自問自答のジモンが頭の中に現れた。

 今が初夏だとわかっているから、緑がまぶしく見えるんじゃあないだろうか。
 もし数10年、数100年冷凍保存でもされてこの命がそのとき甦り、目が覚めたときに同じものを見て同じことを思えるだろうか。
 朝はそんなことを考えていた。

 夕陽が車内に射しこみ、ふいにそのことを思い出して再びジモン登場。

 どれだけ自分が眠り込んだかわからず目を開いたとき、最初に飛び込んできたもので自分は季節を感じうるだろうか。
 触れる空気、陽射しの柔らかさ、空の高さと青さ、時には雲の形。
 緑の色、鮮やかな花、甘い香り。
 長年の闇から五感の溢れる世界に飛び込んだら、逆によくわかるかもなんてことを思ったり。

 結局人は、季節を五感とともに記憶にパウチしているようで、自分のほうが季節が溢れる世界に包まれてパウチされているのだ。

 そうやってぼんやりしながらいく駅も通過しているうちに、この夕陽はもう2度と見られないのかと、急に感傷的になった。
 でも太陽は、変わらず明日も昇ってくる。
 じゃあまた見られるじゃないかと思ったところで、はたと気づく。
 気温も、雲も、川の水かさも、すべてが同じじゃないと、発するものが同じでも発したものは違うんだなあと。

 反対側のシートに座る人の隙間から夕陽をしばらく眺めて、膝の上の本に視線を戻した。
 余白の多いページの上には、太陽の残像がミトコンドリアみたいな形でふたつ見えた。
 いつまでそのままだろうと、白い紙の上でいつまでもそれを追いかけた。
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by fastfoward.koga | 2010-05-13 20:58 | 一日一言

おうどん

 ある日の送別会。主役とはずいぶん遠い離れ小島のような席に着いたせいで、女ばかり六人が会の主旨とは異なるとりとめのない話をしていた。
 宝くじがいくら当たったら会社を辞めるか。
 とんねるずの「食わず嫌い王決定戦」に出るなら、嫌いなものひとつとすきなもの三つはなにを選ぶか。
 そして、最後の晩餐になにを食べるか。
 軽い、でも各人の趣味嗜好が出る話題というのは、いつだって盛り上がる。みなそのときは真剣に考えるおもしろさがあるものの、テーブルを離れたらぱーっと忘れる。ほどよい距離感でお付き合いする人との間では、そのくらいの話題がちょうどいいのだ。
 だから、そのときみながなにを最後の晩餐に食べたいと挙げたかはうろ覚えだ。たぶん、言っていたのはこんなことではなかったか。
「わたしは、白いご飯とお味噌汁があればいい。」
「わたしは、やっぱりお肉。」
「わたしは、お母さんの作ったカレー。」
 最後のその言葉に、わたしは目を大きく見開いた。
 ちなみに、わたしは「出し巻き」と答えたのだが、みなから「お母さんが作ったの?」と尋ねられ言葉に詰まった。そのときわたしが頭の中に描き、口の中で味を再現したのは、母が作ったという枕詞のようなものはつかない、おだしの効いたただのおいしい出し巻きだ。
 決して母の作る出し巻き、ひいては料理全般がおいしくないと言っているのではない。我が母ながら、おいしいものを食べるために作る手間は惜しまないし、その出来上がりには文句のつけようもない。でもわたしには最後の晩餐で「母の作った」ものという発想はなく、だから前出の「カレー」という同僚の発言に驚いたのだ。
 こういうとき、二〇年も離れてひとり暮らす兄ならなんと言うだろう。そんな思いにひとりふけっている間に、話題は次のものへ取って代わられていた。
 次の話題は食つながりで、我が家のお昼の定番。母が「今日のお昼、簡単なんでいい?」と言うときのメニューはなにか、になっていた。
 これも人それぞれ家庭ごとに違っていて、ある人は焼き飯、ある人は丼物だと言った。
「ああ、うちはおうどんやわ。」
 言いながら、わたしは台所から「お昼、おうどんでいい?」と大きな声で聞いてくる母の声を思い出していた。それは、子供のころも、つい先日もあったような気のするいつかの日も変わらない母のセリフだ。
「卵落としてえ。」
 必ずそう言うわたしに対して返事をしない母が、よう飽きひんなあと思っているのは空気でわかる。たまに「肉うどん、できるで」と言われても、そこは頑なに「たまごでいい」と月見うどんをリクエストするわたし。そのほうが、おだしの味がよくわかるからいいのだ。
 でも、そうして母が作ってくれるうどんのだしは、別に一から丁寧にだしをとっているわけではない。ヒガシマルのうどんだしだか、味の素の粉末だしあたりを使っている。
 それでもなぜだろう。母が作ってくれるおうどんが、わたしにとっての母の味のような気がする。
 これを聞いたら母は、他にいくらでも手間ひまかけて作ったものがあるはずだと異議を唱えるだろう。そして、最後の晩餐に食べたいものを思い浮かべたとき、母が作ったものという発想すらなかったことにがっかりするかもしれない。
 そこでわたしは言う。
 わたしのこの味覚は、母が作ってくれたものを家族で食べてきた中で培われたものであり、それがなければおいしいと感じる幸せはなかった。と言うことは、わたしがすきなものに母の作ったものを選ばなくても、母が作った味を選んだのと同じことなのだ、と。
 でもまあ、これも言い訳じみているのでいちいち口には出さない。ただ、毎日作ってもらっているごはんを、「いただきます」、「おいしい」、「ごちそうさま」といただくことにするとしよう。

 課題 テーマをひとつ選び、記述しなさい。
     選択テーマ 「ランチ(具体的な食事の一品を盛り込む。)」
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by fastfoward.koga | 2010-05-12 22:06 | 四〇〇字・課題

しとしとぴちゃん

 朝も夜も、しとしと。

 帰り道、立ち止まった交差点で超高層のマンションを見上げる。
 雨に霞んで、いつもなら高級感のあるベージュの外装が薄墨色にぼやけ、突如仮面をかぶった悪の要塞に見えた。
 視線を元に戻すと、まるで誰もいなくなった街にひとり取り残されたような感覚に。
 交差点には人も車も行き交っているというのに、どういうこった。

 電車を乗り継ぎ改札を抜けたところでは、雨は気にならない程度になっていた。
 でもちょっと本屋に立ち寄っている間に、再登場。
 仕方ないなと、ウインドブレーカーだけ羽織ってベスパに跨った。
 うちまでは10分ちょっと。
 ヘルメットのシールド部分はあっという間に濡れそぼち、ほんの少し目線を上げるとオレンジ色の街灯がぼんやり、目の端に映った。
 涙で曇ったみたいだ。

 霧雨はまだ降っている。
 そのせいか、今夜はひやっとして静か。
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by fastfoward.koga | 2010-05-11 21:21 | 一日一言