言霊の幸わう国

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見送り三振

 いつからか、仕事の姿勢が待ちになった。
 初めは、1番いいタイミングを計っていたいたはずなのに、気づくと指示を待っている。
 立場と役割と判断と決断。
 どれもこれも、ちぐはぐだ。
 自分じゃなくてもできるかと思えば、荷が重過ぎると思ったり。
 いつも後ろめたさが背後につきまとう。

 もっとのびのび仕事をしていた時代があったのに。
 あのころは心身ともにくたくたになっていたけれど、進むべき道はこれだ、という強い思いがあった。

 失敗したくない。
 失敗したら、あとが取り戻せない。
 その怖さが自分を萎縮させ、その姿はまるで球種を選んでタイミングを逃すバッターのようだと思う。

 今日で1年の半分が終わる。
 後半戦はもう少しバットを振ってみよう。
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by fastfoward.koga | 2011-06-30 22:17 | 一日一言 | Comments(0)

テイクアウト

 限られたスペースに欲するものを配置しようとすると、どうしても中身は入れ替え戦になる。
 この1年に仲間入りしたものは、できるだけ手元に置いておこうという思いはあるものの、それも必ず守られるわけでもなく、引いたり寄ったりしながら、本棚とCDラックを眺める。

 今日は突然、数冊の本、数枚のCDを手に実家に帰った。
 元の棚にそれらを戻し、実家の本棚とCDラックを眺める。

 本日のお持ち帰りは、銀色夏生の『とにかくあてもなくてもこのドアをあけようと』と、Leyonaの『Rainy Blue』などなど。
 銀色夏生の詩集にはすきな詩があって、今日は背表紙からその記憶が湧き上がり、夢中でページを捲った。


「じゃあ僕の話をしようか
僕はとても遠いとこらからやってきたんだよ
だから何も見ても すごく愛しく
感じられてしまうんだ
君も長い旅をしたらわかるんだけどな」
「あら、私は旅はしていないけれど
してることと同じよ
だってすごく愛しく感じる人がいるもの
たったひとりだけど」

「じゃあ君は その人にだけ
遠い旅をしているんだね」



 その詩の、この部分が特にすきだった。
 まだ旅なんてものをよく知りもしなかったときに、その「遠い旅」に憧れた。
 今は「旅」のことも「愛しく感じる人」のことも、さらに「遠い旅」のこともわかるようになった。
 でももっと、と思う。
 もっと知ることがあるだろうし、できるはず。
 そう思う。



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by fastfoward.koga | 2011-06-27 23:31 | 一日一言 | Comments(0)

つぶやき

 一昨日、ひとり暮らしを始めて初めて寂しい! と思った。
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by fastfoward.koga | 2011-06-23 22:26 | 一日一言 | Comments(2)

 坂道を上っているときに、世界と繋がっていないと思った。
 浮いているのでも、隔離されているのでも、拒絶されているのでもない。
 ただ繋がっていない、という感覚だけがある。

 捉えられないことが、多すぎる。
 起こった出来事も、自分の、そして関わる人の感情もみな漂ってばかりで、捉えどころがない。
 どれもこれもするすると指の間から零れ落ちてしまう。
 現れては消え、現れては消えして、追いかけるのをやめてしまおうと思った。
 けれど、そういうものをそういうものだとあきらめたら意味がない。
 捉えられないものを捉えて自分の言葉に、そう思い直した。

 この数日、夢を見た。
 髪が抜ける夢と、電車を何度も乗り降りする夢だ。
 どちらも、心配事や不安を象徴する夢らしい。
 今わたしが感じているのは、果たして不安なのだろうか。
 不安さえもわからなくなるなんて、いったいどうしたことか。
 これは、不安でも、寂しさでも、憂鬱でもない。
 そう思うのは、単なる強がりなのか。

 そこでわたしは天を仰ぐ。
 そこに、いるかいないのか、たとえいたとしても見ることはできない人を探している。 
 その人から答えを教えてもらおうとか、ヒントを与えてもらおうとしているのではない。
 もう1度、視線を合わしたい。
 そんなきもちで視線を上げている。

 でも見えないものは見えない。
 聴こえないものは聴こえない。
 五感はなにも摑まえない。
 でもだからと言って、なにもないことにはならない。

 世界を見失って手探りで迷いに迷って、あっちこっちにぶつかって傷もこぶもいっぱい作って、すり抜けていった感覚だけを頼りに進む道。
 それが、わたしの明日になる。
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by fastfoward.koga | 2011-06-18 23:34 | 一日一言 | Comments(2)

脱猪突猛進

 仕事のやり方がまずい。
 まずいながらも、やるしかない。
 これを乗り切れば。
 そう思いながら、やっている。

 でも駅までの帰り道、とあるビルのドアに映った自分の姿をちら見したところで気づく。
 乗り切ったところに、なにがあるんだろうか。

 見えていない場所へ辿りついて、どうする気?
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by fastfoward.koga | 2011-06-14 21:40 | 一日一言 | Comments(0)

素敵な日本男児

 昨日、珍しくサッカー日本代表の試合を見ていた。
 あれだけ盛り上がった南アフリカワールドカップですらも睡眠時間を優先し、1試合も見ていなかったというのに、ながらではあったものの、帰宅してから試合終了まで不思議とチャンネルを替えようとしなかった。

 なかなかフリーキックが決まらない本田、スポーツニュースでよく見かける長友、内田、岡崎。
 試合運びや結果だけでなく、ときおりカメラが捉える彼らの表情を気にかけている自分がいた。
 特に、残り時間わずかとなったころで画面に大きく映った長谷部の表情。
 眉間に皺がよったその顔が、印象に残った。

 残像が脳に、と言うよりは胸に焼き付いていた。
 その長谷部が、今日NHKの生番組に出演していたことには驚いた。
 声は絞られた職場のテレビに映ったその姿を、わたしは何度も見た。
 彼は一体今なにを話しているのだろう。
 試合があった昨日の今日なのに。
 ユニフォームでない、汗も流していない彼のその姿が、また印象的だった。

 だからだろう。
 仕事が終わってベスパを大急ぎで走らせ、andymoriのCDを買いに行ったついでに寄った本屋で、彼の著書『心を整える。』を目にし、手に取りレジへ向った。
 1度は平積みさらた元の場所に戻したけれど、くるりときびすを返して1冊抜き出した。
 もう迷いはなかった。

 帰ってきてからページを捲っていたら、手にした理由がなんとなくわかった。
 タイトルの「心を整える」ということは、わたしがよく口にする「ニュートラルにする」と同じことなのだ。
 
 捲ったページはまだ4分の1程度。
 できることならすべて捲り終えて眠りたい。
 すーっと言葉が体に入ってゆく。

 ああ、なんと彼は、素敵な日本男児なのか。
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by fastfoward.koga | 2011-06-08 22:38 | 一日一言 | Comments(0)

駆け引きと恩返し

 昨日、会社をさぼった。
 いつもどおりセットした目覚ましを止め、そのまま8時にもう一度セットし直して寝た。
 そこには迷いも決断もなかった。
 ただ二度寝して、途中1度起きて会社に電話をして嘘をつき、また午後になるまで眠った。
 次に目が覚めたのは12時半で、昼ごはんを作って食べ、洗濯をして、はたと気がつき、窓口が開いているうちにと銀行へ向った。
 京都駅まで出てところで軽い貧血になり、視界から入る過多な情報に頭がくらくらした。
 しんどいな、しんどいなと思いながらも本屋でゆっくり棚を眺めていたら、ビジネス書のコーナーで足が止まった。
 いくつも目についたタイトルから、仕事のことを思い出した。

 最近仕事がつらいと感じていたのは、合わない上司に認められようとしていたからなのだなと、そこで気づいた。
 しばらく前から、この人に認められなくてもと思うようになってはたけれど、なんせ声も態度も存在感が大げさな人だから、デスクに座っているだけで威圧感はあった。
 この人に認められなくてもいいけど、この人に認められないとお給料やボーナスは上がんないんだよなあというのも正直なきもちで、でも媚びるのは違うとも思っていた。
 
 じゃあなんで自分は今の仕事をしているのかと考えを深めたら、ドツボ。
 目的さえも見失っていることに気づいて、脳が強制終了した。
 それが今朝、たまたま起こった。
 前後見境なく、今朝起こったというだけなのだ。
 
 そんなことを思いながら、ビジネス書を元の棚に戻した。

 わたしは一体なんのために今の仕事をやっているのだろう。
 なんてことを考えると、それこそ怖くて仕事は手につかない。
 どうもよくないところにまで落ちてしまったという自覚がある間は、恐怖心を生むようなことをむやみに考えない。
 それくらいの分別は、いつの間にか身に着いていた。

 不毛だと思うことは、相変わらず多い。
 いったい何度同じことを説明すればいいのかと、今日も喉元まで出かかっても飲み込んだ。
 そういうときのわたしは、きっと能面みたいな顔をしているだろう。
 可愛げなんてあったもんじゃない。
 でも、可愛げだけで仕事はできない。

 辞めれるものなら。
 そう思うわないこともない。
 でも自分の部屋の本棚を見て、洗濯物を見て、それは現実的でないと思い直す。
 それにかつて、わたしは仕事に救われたことがあるのだ。
 しかも、何度も何度も。
 失恋するたびに、仕事があってよかった、そう思ってきたのだ。
 都合よく、自分がいやになったときだけ仕事なんていらない、とは言えるわけがない。

 と、ここまで書いていたら、元気が出てきた。
 ばかばかしいこともたまには書いてみるもんだ。
 さ、明日も働こうっと。 
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by fastfoward.koga | 2011-06-07 22:26 | 一日一言 | Comments(0)

5月の巻~めでたく1000冊

1  石黒謙吾   2択思考 
2  新井敏記   鏡の荒野 
3  藤原新也   印度行脚 
4  西加奈子   こうふく みどりの
5  村上春樹   雑文集       
6  白岩玄     空に唄う ※
7  万城目学   プリンセストヨトミ


(テキスト)
・シェリー     フランケンシュタイン                
・廣野由美子  批評理論入門 『フランケンシュタイン』解剖講義


 上記の、5月読破分で、めでたく蔵書が1000冊を超えました(くわしくは、『コガ図書室』へ)。
 と言っても、実家と今部屋にある分を合わせてですが、ここまできたなという感じです。
 先日突如思い立って手に取った村上春樹の『スプートニクの恋人』に、ケルアックの『オン・ザ・ロード』が登場していて驚きました。
 本の世界はぐるぐると巡り、いつかまた新しいドアを開けてくれます。
 点が線となり、空に浮かぶ星が星座に見えるように。

 今日も本棚に並ぶ背表紙は、見ているだけで愛おしくなります。 
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by fastfoward.koga | 2011-06-05 21:36 | 本の虫 | Comments(2)

生き延びる

 最近毎朝目覚ましを止めた途端に、仕事を休む理由がないか考えるようになった。
 起きぬけでも意外と頭は働くもので、理由がないという結論に達すると、今度は抜け道がないかと休めるかどうかを考え、どっちもないんだよと自分に無言で語りかけるのが起き上がるまでの一連の動作。
 掛け布団と同じく体をふたつに折り曲げる起きかたは、単に眠気との闘いというよりは、葛藤の表れだろう。
 と、自分では思っている。

 今朝は特に前夜早く寝たにも関わらず、憂鬱さを引きずってうちを出た。
 1日中アクセルを全開にせず、のらりくらりと仕事をこなしていた。
 けれど夕方になって打ち合わせのあと、「今日残業は?」と聞かれた瞬間、また胸にいやあな靄のようなものが広がった。
「今日は帰ります」
 そう言って、その通りに帰ってきた。
「お先に失礼します」
 残業しないのはわたしひとりだったのか、デスクに張りついたままの人たちに挨拶したら、残業しないことに罪悪感を覚えた。
 あーやだやだ。残業することに慣れちゃあいけない。
 そう心の中で何度もつぶやきながら、電車に乗った。

 混んだ車内は、体内に潜むあらゆる負の要素を引き出すには十分だった。
 じいっとうちまで耐えるしかないかと思っていたら、次の停車駅で目の前の席がぽっかり空いた。
 もう周囲のことに煩わされ、感情を振り回されたくないと、すぐにこの数日持ち歩いている文芸書を開いた。
 文芸書は家で読むという暗黙のひとりルールを破ってまでも持ち歩いているその本は、厚さが3.6センチある、先週の土曜日の面談後立ち寄った書店で購入したものだ。
 別の文庫本目的で店内に足を踏み入れたというのに、ちょうど目の高さに表紙を前にして斜めに掲げられたその本をわたしは迷わず手に取った。
 そして手にした途端に、思った以上に左手の親指と人差し指の間が空いたこととその重量感に、軽く目をむいた。
 でも面談が終わったあとの解放感は、臆することはない、とわたしの背中を押した。

 そこから読み始めること6日間。
 帯のコピーに「保育小説」と書かれた堀江敏幸の最新刊『なずな』は、読んでいると心が安らかになる。
 物語は、ある様々な理由から弟夫婦の産まれたばかりのこども、姪の面倒を見ることになった40代のひとりものの男性が主人公で、赤ん坊の成長を軸に町のこと、近所の人のこと、職場のことが、いつもの堀江節でゆるりゆるりと、しかしながら心を鷲掴みにする言葉を随所にちりばめながら、描かれている。

 今は10分の9くらいまで読み進めただろうか。
 そろそろ親元へ赤ん坊を返す時期が近づいてきたことが、少し前に読者にも知らされた。
 伯父と姪の物語には終わりがあることは初めからわかっているのだけれど、別れの、別れたあとの寂しさがもうすでに読み手の自分にも生まれている。
 
 昨晩は、眠気に勝てずほんの数行だけ読んで本を閉じた。
 それでもこの世界に身を置いている間は幸福だという思いが、そのままの言葉となって自分の体内にすとんと落ちた。

 物語の中で、赤ん坊が笑ったのかどうか主人公が迷う場面がある。
 こどもを産んでも育ててもいないわたしは、赤ん坊が成長の中で初めて笑う瞬間があることに初めて気づかされた。
 この物語を読み終わったら、わたしの現実は目の前にあるものだ。
 逃げ腰になることも、憂鬱になることも、苛立ちを覚えることも、みな消えてはなくならい。
 けれどそんな感情も、「初めて」の瞬間はあった。
 風呂場で思わず顔を覆った手も、物を掴む力すらなかったときがあったのだ。

 不思議だな。
 そんな思いでいれば、まだ生き延びられる。確実に。
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by fastfoward.koga | 2011-06-02 22:14 | 一日一言 | Comments(0)