言霊の幸わう国

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初恋の人から手紙がきた

コガ、元気?
もう買ったファンデーションをすぐ割るクセは治りましたか?コガによくファンデーションを買わされたことをなつかしく思います。

泣きじゃくるコガが「好きだけど寂しいから別れる」と言って自分から連絡を断ったあの日から、もう23年が経ったんだね。月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんだ。コガに名前が似てる犬がいて、ふとなつかしくなったから、たまには思いついたままに何か書いてみようと思っただけ。ふふ。

今さらだけど、おれはあまりコガのことを分かってあげられなかったなぁと思っています。寂しがりだったコガに「寂しさは気の持ちようだ」と言って冷たく突き放していたし、「もっと強くないと疲れる」とよく言っていた記憶があります(でも強い女は嫌いなんだけど…苦笑)。本当はおれも自分に余裕がなかっただけで、弱いところも好きでした。

そういえばコガにとってはおれが初恋の相手なのかな?付き合ったばかりのコガはやたらと緊張していて、「恥ずかしい」という言葉を連発していたように思います。今ごろ、きっと恥じらいなんてものは忘れ去っているんでしょうね。

まだ付き合ったばかりのころ、コガはやたらと「絶対に別れないって約束して」と迫ってきましたね。おれは「おう、約束するよ」などと言っていましたが、内心「うっ…」と思っていたのをよく覚えています。約束を破ってごめんなさい。

コガと付き合えて本当によかったなぁと思うところは、わりとネガティブな人の気持ちが分かってきたことです。それにより自分の包容力も多少は強化されました。どうもありがとう。

いろいろ書いたけど、おれはコガが大好きでした。これからもコガらしさを大切に、そろそろサインペンでアイライン描くのはやめて(笑)、新しい誰かと幸せになってください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. コガが誕生日にくれた日本人形、だいぶ髪が伸びました。



 エキサイトがオススメブログを紹介しているじゃないですか。
 たまたま立ち寄ったところでこれまた紹介されていたので、わたしもやってみました。

「初恋の人からの手紙」
 
 個人的には、最後の「追伸」が気に入りました。
「誰が彼氏に日本人形なんてやるかっ!!!」
 ちょっと落ちたりした9月を、大爆笑で終えたいと思います。


P.S.携帯からもアクセス可! やったあとは、結果をぜひ教えてください(笑)。
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by fastfoward.koga | 2011-09-30 22:45 | 一日一言 | Comments(2)

金木犀

 住宅街の坂道で、焼き魚の匂いを鼻先で感知した。
 それまで土日のスケジュールをずっと考えていた思考が、夕飯どうしようか、に変わった。
 
 そこから数メートル歩く。
 車がきたので避けた拍子の足を、思わず半歩戻した。
 暗がりの民家の塀を一瞬だが、じっと見つめる。
 そこには探していた香り。
 橙の小さな花。

 角を曲がってもついてくる香り。
 そこにカレーの匂いが混じる。
 でもそれも束の間、鼻先には甘く重い秋の香りが戻ってくる。
 
 誰よりも早く気づいたという自負。
 どうして金木犀に気づくと、こんなにうれしいのか。

 秋は、もう、すぐそばにいた。
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by fastfoward.koga | 2011-09-30 21:06 | 一日一言 | Comments(2)

低空飛行

 休みぐせがついた月曜日、途中まで支度をして仕事に行くのをやめようかと思う。
 いや、お弁当途中まで作ったし。
 そんな理由で、立ち上がった。

 38歳にもなって、なにからなにまで自分のやることがちっちゃくていやんなる。
 最近落ち気味。
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by fastfoward.koga | 2011-09-26 23:22 | 一日一言 | Comments(2)

この空もあの空もまた同じ空


 5度目の京都音楽博覧会の1曲目は、小田和正さんの『東京の空』で静かに始まった。

 この日の予報は晴れ、確か最高気温は25度か26度。
 たぶん今までで1番いい気候、いいコンディションでの音博やった。
 とは言っても、遮ることなく降り注ぐ陽射しに無防備でいることはできひん。
 黄色と白のくるりのバスタオルを頭からすっぽりかぶり、開会宣言のあと、くるりのふたりから紹介されステージに上がった小田さんを、わたしはじいっと見つめた。
 歌いだす前に、小田さんは東日本大震災のあと、歌うことの意味を考えた、というようなことを話した。
 そして、岸田くんから長い手紙をもらい、そのあと音博の誘いを受け、ふたつ返事で了承した、とぼそぼそと語った。
 話が少し変わるが、今回は昨年音博初参加の友人K嬢と、先月のくるりのライブがきっかけにお知り合いになったKさんと3人でずっとステージを見ていた。
 Kさん曰く、小田さんは長い長いツアー中で、明日とあさっての土日は大阪ドームでライブのはずとのこと。
 そんなときにでもこの音博に参加してくれはったんやなあ、と、小田さんのステージが終わったあと、その意味を噛みしめた。

 1曲目の『東京の空』は、主題歌となっていたドラマを毎週見ていたから、わたしの耳にはよく馴染んでた。
 いつもの透き通る声で「自分の生き方で 自分を生きてきた」と始まったら、ふと視線が、ステージの上方に広がる空に。
 それはほんまにきれいな空の色で、そうや、空ってこんな色やったんやと思い出させてくれる色をしていた。
 雲もまじまじ見てみると、すっかり秋のそれに変わっている。
 この空は、東京と、東北と、茨城と、鹿児島と、あちこちと繋がってるんやというきもちに、小田さんがワンフレーズワンフレーズを歌う丁寧さが寄り添った。
「いちばん大切なのは その笑顔 あの頃と 同じ」
 小田さんの書く歌詞は難しい言い回しや言葉を使うことがなくて、でもじわわんと胸に届く。
 くり返すそのフレーズに、ちょっと涙が出た。

 その余韻に浸る間もなく、ステージでは小田さんが岸田くんとさとちゃんを呼ぶ。
 岸田くんはギターを抱えて小田さんと並ぶと、「小田さんはなんで音博出てくれはったんですか?」と尋ねた。
 その問いに対し小田さんは、「事務所にふたり(岸田くんとさとちゃん)で来て、話を聞いたけどさっぱり意味がわからなくて。でも真面目だと思って」と言ったので、岸田くんたちは大笑いし、「真面目」という言葉をくり返していた。
 そして今度は岸田くんが、boboさんとフジファブの総くんたちを呼ぶ。
 ステージは急に賑やかになって始まったのは、『恋は大騒ぎ』。
 あまりの豪華さに、スタートからこれでいいんかーと思っていたのに、小田さんは音博がきっかけで会えたと細野忠臣さんを呼ぶ。
 曲はもちろん『風をあつめて』。
 聴いてるはしから消えてゆく音がもったいないような、今聴いているこの音をもう1度聴けたらいいのにと思った。
 そして最後にひとり残った小田さんが歌ったのは、リクエストがあったらしい『たしかなこと』。
 たった4曲、あっという間。でも小田さんのステージは、印象的やった。
 
 次に出てきたのは、10-FEET。
 京都出身で、くるりの京都音楽博覧会と同じく、京都大作戦という夏フェスを京都で企画しているバンド。東日本大震災の翌日に、くるりと京都磔磔でライブをやったという程度しか予備知識はなく、今回の出演アーティストを見れば、申し訳ないけどタイムスケジュールがもう少し遅かったらトイレタイムになっていた。
 でも予想外にMCがおもしろく、しかも思わずシートの上で立ち上がって見てしまった。
「アコースティックでやると、くるりとは雲泥の差」と始まった曲は、確かにアコースティックじゃあない。
 3人編成のバンドなのでやればできそうな気がしたけど、もともとの曲がアコースティック向きじゃないんやろう。
 けどそこに、それでもこの音博に参加した10-FEETというバンドの人の良さみたいなものを感じた。
 ひとつ前の小田さん、このあと登場する石川さゆりという「先輩」と「大御所」に挟まれたことを「処刑やんー」とボーカル・タクマは言ったけど、いやいや、観客席は結構みんな楽しんでステージを見ていた。
 途中で、ウクレレを抱えたつじあやの嬢が登場し、2曲ほどセッション。
 ダミ声のボーカル・タクマによく通る高音のつじあやのという組み合わせが意外に思えたけど、よくセッションしているようで、ええ感じやった。
 1曲終わるたびに爆笑をよぶMCにも慣れたころ、「漫談もあと1曲となりました」。
 最初から最後まで、笑いに溢れたステージやった。

 昨年はメインとサブという感じでステージがふたつあったけど、今年はメインのみ。
 それでもステージのセッティングは驚くほど素早く、アーティストがひと組出るとシートに座り込むのも束の間、次々ステージが始まった。
 3組目の石川さゆりもそう。「10-FEET、意外におもしろかったなあ」と話していたら、なにやら聞き覚えのある歌。
「ウィスキーがお好きでしょう~」
 あれ~? と切り替わったステージの画面を見ると、そこには白っぽい着物姿の石川さゆりが歌いながら登場。前回のど派手さとは打って変わって、あら~と逆の驚き。
 大御所らしく10-FEETの残した笑いの余韻は一掃し、しっとりと歌い上げた。
 前回はいったい何人引き連れてきたん? という大人数だったバンドも、今回少なめ。次の『津軽海峡冬景色』も、落ち着いた雰囲気で聴かせてくれた。
 ときどき、前方のスタンディングエリアからは、「待ってました!」という年配者らしき方のかけ声も聞こえつつ、2曲終わったあと、大御所は観客席に向ってこう問いかけた。
「次、なにがいい? なにが聴きたい?」
 そうい言われたら、みな口を揃えてこう言うに決まってる。「『天城越え』!」と。
 彼女はそれを予想でしてたはず。「リハやってないのよ」とかわいらしく言うて、歌ってくれた。
 ちょっとわざとらしいけど、やっぱりすごいわああと言わずにはいられへん。さすが大御所。
 最後はゆったりした曲で締め、大御所はかわいらしくステージを去った。

 太陽はそのころ、やっとてっぺんから少し西へ。
 晴れは晴れでも雲ひとつない青空でもなく、空にはなんの形にも捉えられない雲が浮かんでる。
 その雲に太陽が束の間隠れると、その度にほおっとした。
 それでも、昨年のギラギラした暑さに比べれば快適。思い出してもぐったりするような暑さに、途中我慢できずにシートを離れたことを思えば、どうってことない。
 観客席をすうっと撫でるように風が吹くたびに、あぁきもちいいと何度口にしたことか。
 5年目の音博は、ほんまにご褒美みたいな1日やった。

 4組目に登場したのは、フジファブリック。
 隣にいるKさんは、フジファブファンでもある。
 3日前に出したアルバムのこと、以前のフジファブのこと。いろいろ聴きながら、ステージを見る。
 さっき小田さんのステージに登場したときは白いシャツだったギターの総くんは、青いTシャツに黒のジャケット。
 ステージ後ろに大きく映し出されるその表情がとてつもなく緊張しているのがわかって、発表会のお遊戯を見守る母のようなきもちになった。
 たどたどしくて思わず「がんばれ」と小さく呟いてしまう総くんのMCをはさみ、新旧の曲を織り交ぜたステージ。
 亡くなったボーカル志村正彦のどぎつい個性でもって歌われていたと思った曲も、さらりとした総くんが歌ってもいい感じに響く。
 最後の曲は、『ECHO』。この曲は、くるりのツアーで金沢に行ったときにアンコールで岸田くんが、急に「なんか歌え」と言ったという曲。
 そりゃ、岸田くんが「持っていかれた」と思っただけあるわ。
 そんな1曲やった。
 がんばれ、がんばれ。ステージそでへ消える3人を、そんな思いで見送った。

 次は細野さんやけど、フジファブが終わったところでここでトイレにいっとかんと、といったん会場外へ。
 以前、奥田民生兄さんがゆるゆるやと言ったとおり、音博は場所によっては外からでもディスプレイが見えたりする。今年は今までほどのゆるさではないにしても、外では多くの人があちこちに場所を見つけ、せめて音だけでもというきもちなんやろうか、楽しんでいる姿が。
 今年は音博史上豪華な出演者やから、チケットも早い時期にソールドアウト。チケット売買のサイトでもぎりぎりまで譲ってくださいという言葉も見かけたし、朝会場に到着したときにも譲ってくださいと書いた紙を持った人もいた。
 そんな中で当たり前のように会場で見てることを、ありがたいなあとちょっと思った。   

 トイレに行って、公園を出たところにある自販機で缶のカフェオレを1本。
 昨年は1本一気飲みしてから、もう1本をその場で買って持ち込まへんと耐えられへんくらいの暑さ。今年も同じようにするつもりでいたら、1本飲んだだけで体は満足した。
 すぐに会場に戻ると、ステージにはまだ細野さんが。
 サポートで高田漣さんがいただけのふたりのステージは、友人K嬢とふたり、シートに戻った途端に細野さんが新しい5人のくるりとboboさんを呼び込む。
 岸田くんとさとちゃんのふたりが細野さんと東北ツアーをやったのであるんちゃうやろかと思っていたら、やっぱりあった。
 間に合ってよかった~と、思った瞬間やった。
 3年前も思ったけど、小田さんと言い、細野さんと言い、60オーバーはほんまに元気。

 次は楽しみにしていたマイア・ヒラサワ。
 JR九州の九州新幹線開通のCMソングを歌った人、と言えばわかるやろうか。
 あの曲を楽しみに1曲1曲耳を澄ましていたら、3曲目に聞き覚えのある曲が。
 出だしであれあれ? と思って聴いていたら、サビまできてあ~っ!! と叫んだ。
「『毛先15センチからの』や~!」
 キャーキャー言うわたしに、K嬢は「結構CMソングを歌ってるらしいで」と教えてくれる。
 そして最後に、念願の『Bomb!』。
 歌が始まるとあのCMの映像が頭に流れ、思い出しただけで泣きそうやった。

 そのあと、飄々とひとり登場したのは斉藤和義。
 ステージに現れたのはいいけど、ぼそぼそ話すから、もっとおっきい声でしゃべってーと言ってしまう。
 アルバム1枚も持っていないわたしは、知ってる曲やってくれるかなあと思ってたら、知らん曲はひとつもなく、最初から最後まで楽しませてもらった。
 途中白いギターに持ち替え、『ずっと好きだった』を歌うその横顔を見ていたら、この人はなんて生々しい人なのかと思った。ぼさぼさ頭も(そう見えるだけ?)、ヒゲも、ひょろりとした体躯も、みなオブラートに包まれているところがなく、そういうところがエロいんだなあと妙に関心した。
「ずっと好きだったんだぜ~」とそのまま曲が終わるかと思いきや、彼はまた同じフレーズを鳴らし、今度は「この国は~」と歌い続けた。
 そのフレーズに、会場が沸く。どよめきじゃなかったことが、今となってはちょっと不思議に思うけど、彼歌ったのは反原発の思い。
 すぐにわかった人と、わたしと同じようにすぐにピンとこなかった人。どっちもいたはずやけど、客席はその前の曲と変わらなかった。
 歌い終わったあと、さっきよりも沸いた気がしたのは気のせいやろうか。「また怒られる」と言った彼に、客席は大きな拍手をした。そして彼は最後にその日入っていたNHKのカメラに向って、「流してくださいね」と言うのを忘れなかった。
 最後は『歌うたいのバラッド』。しっかりその場を持ってって、彼はひらひらと手を振りながらステージをあとにした。思った以上にかっこいい人が、いい歌を歌ったステージやった。
 
 そこからは、1番時間をかけてステージはセッティングが始まった。次は、トリのくるり。
 このくらいになると照明が存在感を持ち始めるほど、陽は傾いていた。
 西の空には雲がかかってたからきれいな夕陽とはいかへんかったけど、それでも振り返ると空は薄いオレンジ。
 陽が暮れる少し前からひんやりした空気が漂い、上着も五分袖のパーカーからウィンドブレーカーに着替えていた。
 音博で寒いと思うとは。雨が降ってもないのに。5年もやってるといろいろあるね。
 知らず知らず、寒さから腕をさすっていた。

 くるりが登場したのは、予定よりも5分ほど早かったような。
 とにかく1日腕にはめた時計をほとんど見いひんかったから、正確な時間はわからない。
 でもここまであっという間やった、とそう思った。

 岸田くんを先頭に、boboさん、高田漣さんのサポートメンバーを加え、メンバー全員がステージに現れる。
 みなシャツを着用。ちょっとかしこまった感じがいい。さとちゃんは珍しくハンチング帽をかぶっている。
 どこからどう始まるのかと思っていると、1曲目は『奇跡』。岸田くんはそうっと丁寧に歌いだした。
 小田さんと細野さんとのセッションのときには思わへんかったけど、声が少し出ていない。それでもみなが奏でる音がぐぐっと客席に押し寄せてくる。
『旅の途中』、『星の砂』と続くステージを見ていると、あ~くるりはほんまに5人になったんやなあ、5人で音博やってるんやなあというきもちになった。

 その日1日、わたしはずっと東の空を見ていた。
 そして、たくさんのアーティストが歌う歌に「空」という言葉が出るたびに、その先にある空を見た。
 ときどき首を反らし、真上を見る。白い飛行機がちっちゃく、おもちゃみたいに飛んでいることもあった。
 梅小路公園の上にあった空はほんとうに広く、心の中のもうひとつの手を伸ばしても届きそうにないくらい高かった。
 なにかを探していたわけでもないのに、ほんとうに何度も空を見た。

 岸田くんのギターで『Baby,I love you』が始まる。体を揺らし、一緒に「ベイビー、アイラビュー」と歌う。
 ゆるゆると時間は流れ、気づくと夕方は夜になっている。
 次は岸田くんがギターを持たず、マイクの前に立つ。そして歌ったのは『京都の大学生』。
 カラフルな照明はステージ後部にしかないのに、なぜかいつか見たミラーボールが見えるようやった。
「なんかボーっとしてます」と言う言葉どおり、ディスプレイに大写しされる岸田くんの表情は確かにどこかほわんとしている。
 イベントを取り仕切る大変さをそこに垣間見ながらも、欲深くもっともっとと求めるきもちが沸いてくる。
 5人体制になってから作ったという新曲『いっぽ』に、久しぶりに聴いた『バンドワゴン』。そのころには岸田くんの声もよう出てくるようになり、メンバー紹介を経て『おはら節』と続いた。
 そして、事前にわたしがK嬢に向って「やる気がするねん」と言っていた『ブレーメン』。
 新しい体制になってから、わたしは特にファンファンのトランペットがいいなあと思う。そこに高田漣さんのペダル・スティールギターの音が重なると、耳が違う世界に行ってしまうような気になる。
 ひやりとした空気の隙間に滑り込む音。
 それは、今までお音博で感じたことのない音やった。

 そのあたりまで来ると、感覚的に終わりが近づいてきたなとわかる。
 さみしいけれど、どんな終焉が待っているのか、知りたくもある複雑な思い。
 ラストは2年ぶりに帰ってきた『宿はなし』。1年目から3年目まで、昨年を除いて必ず音博の本編の最後にやっていたこの曲は、ほんまに胸に沁みる。
 陽はどっぷり暮れ、歌が終わっても余韻たっぷりで、拍手は鳴り止まない。
 このあとメンバーは1度ステージを下がってアンコールとなるのかと思ったら、岸田くんの「終わると見せかけて」と言う言葉のあと、次々とステージに出演したアーティストが呼ばれる。
 10-FEETのボーカル・タクマ、細野さん、フジファブリック、マイア・ヒラサワ・斉藤和義。ステージは急に賑やかになった。
 そして始まったのは、『リバー』。
 さすがのメンバーが奏でる音はその日1番の厚みを出し、こんな濃厚な音はないというくらいの音を会場中に響かせた。
 そこでふと、会場の外に意識がゆく。外で聴いている人たちにもこの素晴らしい音は届いてるんやろか。
 届くはずのない遠い空の下にまで、音は沁みこんで流れていかへんやろか。
 ステージを照らす照明の灯りを頼りに、見えるはずのない風をわたしは見ようとした。

 岸田くんはMCで、震災後音博をやるかどうか迷ったと話した。でもやってよかったと言った。
 そして出演アーティスト、スタッフ、今年で引退する京都市緑化協会のコバヤシさん、オーディエンスに拍手と感謝を口にした。
 ここにいられることが。
 わたしはそんなきもちで、いつまでも拍手をした。

 帰り道、突如、岸田くんが「来年も」と言わなかったことを思い出した。
 それは不安なきもちになったけど、今年起こった出来事の数々を、それは日本という国で起こったことも、自分自身に起こったことも両方考えて、仕方ないことなんかもしれない。よく考えれば、自分も、今年ほど音博を楽しみにした年はなかった。ただ今年の音博を見たそのことに感謝しよう。
 今は、そう思っている。
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by fastfoward.koga | 2011-09-25 01:37 | 一日一言 | Comments(0)

ビアライフ

 ビール大手5社が発表した、8月のビール系飲料の出荷量は前年同月を下回った。
 その上、8月単月では1992年の現行の統計を始めてから最低だとか。

 それに反して、わたしはこの夏人生史上最高にビールを飲んだ。
 発泡酒でも第三のビールでもなく、飲んだのはビール。
 飲んでも飲んでもおいしくて、飽くことなく飲んだ。

 8月にトーキョーでkorotyanさんと飲んだとき、わたしは前日大学の友人たちとたんまりビールを飲み、その日は朝から胃が重かった。
 朝も昼も胃薬を飲んだ。
 自分が誘っておきながら、体調がよくないなんてなんと失礼な!
 と、会って開口一番、「胃の調子が悪いから、油物控える」とのたまったわたし。
 ビールを諦める気などさらさらない、このセリフに自分が驚いた。

 うちで飲むのはアサヒのスーパードライと決めていて、いつもは缶のまま飲んでいた。
 でも友人が遊びに来たとき、缶のままじゃあ、かと言ってビールを注ぐにふさわしいグラスもなく。
 どうしたものかと思っていたところに誕生日プレゼントのリクエストを聞いてもらえることになり、ビアグラスを3つとお願いした。
 もらったのは、陶器じゃなくガラスで、簡単に割れない頑丈なもの、という希望どおりの品。
 さらに取っ手もついている。
 ブラボー!

 冷蔵庫には、必ずひとつビアグラス。
 ビールも、飲む数10分前に冷凍庫に放り込む。
 キンキンに冷えたグラスにビールを注ぐと、驚くほど泡がきめ細かい。
 ひと口飲むだけで今まで飲んできた味と違っているのがわかった。

 あ~、夏も終わるというのに。痩せなあかんのになあ。
 と思いつつ、今晩はきれいな満月を見ながらもう1杯。
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by fastfoward.koga | 2011-09-12 21:34 | 一日一言 | Comments(6)

遅効の産物

 欲しかった『幅書店の88冊 あとは血となれ、肉となれ』を買った。
 著者は、ブックディレクターの幅允孝氏。
 以前から幅さんは「本は遅効の道具」と言っているが、その人が選ぶ本がどんなもので、それをどんな形の本にしているのか、とても興味があった。
 
 真っ青な表紙に、赤い帯。表紙を開くと見返しは鮮やかな黄色。
 この3色にまず目を奪われる。
 栞の紐は赤、そしてその紐が取り付けられている花布という部分が、白と水色のギンガムチェックになっているところにきゅーんとなった。

 中身はというと。
 ページ数には使用されているのは、珍しい漢数字。
 なにより1冊1冊紹介される本によって、ページのレイアウトを変えていることにこだわりを感じる。
 ところどころ写真が入ったり、文字フォントも大きくなったり、小さくなったり。
 モノクロか一辺かと思ったら、カラー刷りが差し込まれていたりもする。
 あぁ、この人は、この人だけじゃなく、この本を作った人たちは、みな本がすきなんだなあと思った。

 大学のテキスト課題で、小説を批評するというものがある。
 批評する作品は自分で選んでいいのだけれど、春先にテキストを読み終えたあと、わたしがひとり暮らしの部屋の書棚から抜き出したのは、白岩玄の『空に唄う』だった。

 どうしてその本を選んだのか、内心自分でも不思議だった。
 でも本当に不思議なのは、自分がそのとき不思議だと思ったことだろう。
 いつだって、本を選ぶことに理由など考えたことはなかったのだから。

 その理由に気づいたのは、レポートも書けずじまいで数ヶ月たったころだった。
 3月に亡くなった友人とよく3人で一緒に飲んだ友人と、話した夜。
 ひとりになったあと、今がそのときだとばかりに答えを知った。
  
 白岩玄の『空に唄う』は、住職の祖父と共に実家の寺で葬儀を執り行った、亡くなったはずの女の子が見えるようになった20代前半の男の子が主人公だ。
 なぜ自分にだけ彼女が見えるのか。
 わからないけれど、見えるのが自分だけならなんとかしてあげたい。
 主人公はそんなふうに考え、周囲から奇異な目で見られても彼女のことで毎日頭をいっぱいにしている。
 
 死者を生きている人間と同じように向き合う、心優しく優柔不断な主人公に感情移入し、最後まで読んだ。
 くり返し、読んだ。
 胸の奥の奥の奥で、気づかぬまま、自分にも死者の声が聴けないかと願いながら。  

 本は、時に思わぬところで人生を振り返らせてくれる。
 カバンに荷物を詰め込んで旅にでるように、今日もまた記憶の抽斗に本をたくさん入れて進もう。
 先は、長い。
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by fastfoward.koga | 2011-09-09 22:47 | 一日一言 | Comments(0)

いっぽ

 ガラーンとした飾り気のないステージを、ポールにもたれながらぼんやり見ていた。
 あまり早く飲んでしまうとやることがなくなってしまうと、会場に入るまえに手にした缶ビールはちびちび飲んだ。
 右隣は、男の子のグループ。左隣は、チケット余りました、いりませんか? で知り合ったらしい男女ふたり組。
 両方の会話に耳を傾けながら、1時間をじっと待った。

 8月24日(水)。
 なんばHatchでのくるりのライブは、正式に5人体制になってから初めて見る。
 正式に、と断りを入れるのは、6月の初めにロッキンオンジャパンのイベントで見たときも同じ5人だったからだ。
 でもそのときは、一緒にステージに立っている3人がメンバーになるとは思ってもいなかったから、ホームページで加入が発表されたときは思わず叫び声を上げた。
 驚きというより、衝撃。
 その次に来たのは、期待と不安。
 それはひと月以上経っても消えることなく、その日までに体の中に蓄積された疲労と睡眠不足と混じりあい、最後は乳白色の世界へと連れていかれるようだった。

 定刻より15分ほど遅れて、ステージは暗くなった。
 多くの待ちわびた人たちの声と拍手がわたしの頭を越えて、ステージに飛ぶ。
 先頭で出てきたのは、ファンファンだったか、岸田くんだったか。
 どっちにしろ、会場は岸田くんの髪型を見て失笑した。
 まるで中学生が寝坊して寝癖がついたまま、家を飛び出してきたかのような頭。
 戸惑う笑いとどよめきに、岸田くんは「オレの髪形見て、笑ろたやろ」と、歌い始める前に言い放った。
 それで会場は大爆笑。
 さとちゃんはいつものように、少し後ろのポジションで困ったように笑っている。
 ああ、いつものくるりだわあと、心の片隅で思っていた。

 みながセットポジションにつくまで、いつもより少し長かった気がした。
 それはわたしが1曲目なにをやるのか、それよりも第1音がどんなふうに響くのか、固唾を飲んで待っていたからだろうか。
 息を吸って胸を少し高いところにキープするようにして澄ましていた耳に届いたのは、甘いギターの音色。
 1曲目は、「キャメル」だった。
 一緒に口ずさんでいたら、数10分前までぼんやりしていた頭はいつの間にか霧が晴れたようにスッキリしていた。

 2曲目は、「ハイウェイ」。
 岸田くんがとにかく楽しそうにギターを弾いている。
 その岸田くん越しに、間奏でトランペットを吹くファンファンを見ていたら、その音と立ち姿が微笑ましくてつい笑顔になった。
 すると、背を向けていた岸田くんがくるりと振り返った。
 彼も笑っていた。
 そのとき、目が合った。
 たぶん、彼もわたしと同じきもちだったんじゃないかと、その一瞬で思い込んだ。

 3曲目は、「シャツを洗えば」。
 そこまできて、あーどうしてわたしが聞きたい曲ばかりやってくれるのかと思い、いやいやどうしてわたしが自分でもわかっていなかった今日、今、この瞬間、わたしが聞きたい曲をやってくれるのだろうと、うれしくなった。
 
 そのあと、「さよならリグレット」、「最終列車」、「さよならアメリカ」、「旅の途中」と続いてゆく。
 岸田くんはよく喋り、新しいメンバーを紹介をし、次々曲を演奏する。
 6月見たときにはまだぎここちなさもあった5人のくるりに抱いていた心配なんて、どこ吹く風。
 気づくと違和感もなくなっていた。

 MCを何度か挟んで後半戦。
「温泉」、「飴色の部屋」、「奇跡」のあとは、新曲やります、と5人になってから作ったらしい「いっぽ(表記不明)」。
 5人それぞれが持ち味を出せるように構成されたこの曲は、微笑ましくて思わず目を細めてステージを見ていた。

 続いて、「ブレーメン」。
 この曲は6月のイベントの1曲目で、新メンバーの田中くんのドラムがすごかった。
 1発目でどーんと響くそのリズムに、ほおっと声を洩らしたくらいだ。
 この日はその勢いはなかったけれど、逆に余計な力みがなくなって、5人の作る音楽の中にうまくおさまった感じがした。
 これもまたよし。
 そんなきもちになった。

 ステージは最後にもうひと盛り上がりで、「コンバット・ダンス」、「ワンダーフォーゲル」。
 このあたりで控えめだったギター・吉田省念氏が徐々に前に出始め、わたしの隣にいた男の子たちをギターで煽っていた。
 そして本編は、涼やかに響く「リバー」で終了。
 
 アンコール前は、恒例のさとちゃんの物販紹介。
 冬のツアーではパーマをかけていた髪はすっかりさらさらに戻っていた。
 そしてその短めの髪を振りながら、叫んだ。
「僕は知ってるんですー。ここにいる人がみんなベストアルバムを買ってくれたことも、このライブに応募してくれたことも、チケット代を払って来てくれていることも、知ってるんですー」
 その言葉に、客席はどっと湧いた。
 会場全体が、楽しいという感情にすっぽり包まれていた。

 アンコールは、「お祭りわっしょい」、そして「もう1曲やらせてください」という岸田くんの言葉で始まった「ばらの花」。
 この日は2度目のアンコールはなく、「ばらの花」の余韻をたっぷり残して終了した。
 2時間未満の、最近にしては珍しい短いステージ。
 でも満足感はいっぱいだった。


 次は、開催5年目を迎える京都音楽博覧会。
 梅小路の空の下、新しいくるりでもって、これまた楽しめることでしょう。
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by fastfoward.koga | 2011-09-05 22:21 | 一日一言 | Comments(0)

近道はない

 今日は、卒業研究の面談日。
 すでに7月に提出していた途中まで書いた作品への添削は返ってきていたので、その添削についての確認と質問がメインになる、制限時間30分の1本勝負。
 事前にいろいろ考えると憂鬱になるので、ふわあっとした気分で雨が降る中、大学へ向った。

 返却されていたのは、やるべきときにやるべきことをやらなかったために、小手先だけで書いたような作品。
 徹夜してひと晩で書いたとは、格好悪くて口が裂けても言えない。
 けれど先生方は、なんでもお見通しだ。
 書き方の甘い部分への指摘は容赦ない。
 メモを取りつつ、堪忍しますとばかりにぶんぶん頭を上下に振った。
 そしてさらに、書きながら迷っていたことを、文字にすらしていない迷いを見つけ出し、指摘してくれた。
 
 流石。天晴れ。
 胸のつかえがすっと下りた。

 とは言うものの、物語のエンディングまでの道のりに光が射したわけではない。
 ここまでの出来の悪さは自分がよくわかっているから、こことあそこを修正して書き終わりまでどうもっていくか、考えただるだけでため息が出る。
 けれど先生方は、物語の土台は出来上がったねと言う。
 そしてさらに、文体を褒めてくれた。

 いつもは褒めてもらいたくて仕方ないくせに、今日はどれだけ褒めてもらっても素直に受け取ることができなかった。
 出せるだけの力を出さなかったせいで、せっかくいただいた言葉を喜べなかった。
 もったいない。

 この夏、いろんな場所でたくさんの人と会って話したけれど、誰もがみな今一所懸命でうらやましかった。
 でも人をうらやましがっているうちは、必死になっていない証拠だ。

 先生が最後に言った。
「もっと自信を持って」

 そのためには、できていないところを整理してやるしかないんだなあ。
 うまくやろうとせず、力を出し切る。
 しかないんだなあ。
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by fastfoward.koga | 2011-09-04 21:14 | 一日一言 | Comments(2)

7・8月の巻

<7月>
1  ジュンパ・ラヒリ
            停電の夜に

<8月> 
(テキスト)
・太宰治    晩年


 毎日どこかで本を開いているというのに、これほどまでに読み終える本が少ないとは。
 この夏は、とにかく数ページ、下手すると数行でぱたんと本を閉じてしまっていました。
 眠気には勝てず・・・。

 7月に読んだジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』は、以前から書店で見かけるたびに気になっていた作品でした。
 この本は誕生日に徳島に行ったとき、夕飯を食べたあと駅前の書店で買いました。
 地鶏を使ったおいしいパスタとビールをお腹におさめ、ふらりと夜風に当たって歩いていたら、きもちよくなって懐も緩む緩む。
 不思議なことに、旅先ではいつも決断しきれない本もすっと手にとることができます。
 この日もあまり迷わずにこの本を選びました。
 
 さすがにピュリツァー賞(※アメリカで最も権威のある賞)をとっただけはあります。
 表題の「停電の夜に」は短編ながらドキドキしながら読み、クライマックスには思わず自分が小さい叫び声を上げたような気がしました。
 ひやりとする人間の本質。
 キラリとナイフが光ったような後味に、旅先のホテルのベッドの上で唸りました。
 いつかこういう、さらりと人の内面をえぐるようなものを書きたいものです。

 9月から10月にかけては卒業製作にあたる小説を書くことに集中せねばなりませんが、その中でも栄養を摂るように、時間を見つけていい作品を読みたいと思います。
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by fastfoward.koga | 2011-09-03 19:00 | 本の虫 | Comments(0)

なんかあったら。書く。

「幼なじみがおるんやけど」
 トイレから帰ってくるなり話し始めるから、いったいどうしたのかと思った。
 彼は指をつかって、幼なじみと互いの兄との4人の関係について説明してくれる。

 その日は風が強かった。
 堂島のサントリービルの屋上にあるビアガーデンでは、テーブルに置かれたメニューが次々飛ばされていった。
 そのとき、何杯目のビールを飲んでいただろうか。
 酔いの自覚はほんのりあり、彼のいつもと違う様子と相まって、わたしは大きめに相槌をうって話を聞いていた。

「そいつと、急にぷっつり連絡がとれへんようになってん」
 この話はどんなところへ流れ着くのか。
 その時点ですでに勘ぐっていた。
「連絡しても返信ないし、どっかで死んでるんちゃうかと本気で思ってたら、この間ひょっこりうちに来て」
 彼から漂う違和感に引っ張られ、ちまちまとグラスに口をつける回数が増えていった。
「話し聞いたら、うつになってたらしいねん」
 はあ、そういうことか。
 大筋が見えて少し安心して、安っぽいプラスチックのイスの背にもたれかかった。
 そこで彼と目が合う。
 なにかを逡巡している。
 目だけでなに? と促すと、言った。
「おまえ、そいつと似てんねん」
 ああ、なんだ、そういうことか。
 思わず笑った。


 最近、よくツイッターやらないんですか? フェイスブックやってないんですか? と聞かれる。
 世間はみないろんなもので繋がろうとしているんだなあと、そのスピードの速さについていけないわたしはそのたびにぽつねんとする。

 そういったものを、初めから拒否しているわけではない。
 やってみようかなと検討はした。
 でも、きっと合わないだろうな。
 そういう結論を出した。

 そもそも名前が変わっているので、本名を出すことに抵抗がある。
 それは暗に、わたしという人間の生身を知っている人に、本音をさらけ出しにくいということをさす。
 日常のちょっとしたこと、大それたこと、それをどう感じたか、どう考えたかを書くのに、縛りや制限があるようでは意味がないのだ。
 それにツイッターのように、誰かにリアルタイムで自分のつぶやきを掬い上げてほしいと欲することにも抵抗がある。
 今この瞬間を共有できるなら誰でもいいなんていうつぶやきは自分では許せなくて、誰かにと思うならその誰かに伝えなくてはと思う。

 でもわかっている。
 そういう締め付けが、自分を追い込むことを。


 グラスに残り少なくなったビールを飲み、勇気を出して彼に聞いた。
「どういうところが似てる?」
 一瞬の間。
「プライドが高いところ」
 そこもまた、笑うところだった。

 そこではたと思い出した。
 数ヶ月前に、突然彼からメールがきたことがあった。
 そこには、「なんかあったら言えよ」と書かれていた。
 脈絡もないその内容に、その裏にあった出来事を想像もできず、わたしはただ能天気な返事をした。

 21時半、追い出されるように屋上から1階へ下りた。
 彼とはそこでお別れだ。
 お互い体が駅へと向かっているのに、彼はまだ言う。
「なんかあったら言えよ。おまえに貸すぐらいの胸はあるぞ」
 はー、なに言うてんの、この人。
 その思いはわたしの顔を意地悪く歪ませる。
 わかったわかったと返事をし、手を振る。
 わたしは目の前の横断歩道を渡った。

 渡りきったところで振り返ると、彼の白いシャツがぼんやり浮かんで見えた。
 これだけ離れても、見つかるもんなんだなあと思った。
 いや、元カレの背中くらい、わかるか。


 今まで自分の中にある陰は、危うさなのだと思っていた。
 もう1歩あっち側へ行くと。
 何度もそう思った。
 あっち側へ行かなかったのは、自分があと1歩のところを歩いているという自覚があるからだと思っていたけれど、そう考えていることがどこも少しずつ違っている気がしてきた。

 わたしの中にあるのは、きっとあやうさではない。
 単に根暗なだけなのだろう。
 でもその暗さが、ときどきとてつもなくて息を飲む。

 そのことはきっと、まだ誰にも目を見て伝えられないんだろうな。
 ごめんよ。
 その代わり、ここに書いてゆくからね。
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by fastfoward.koga | 2011-09-01 22:29 | 一日一言 | Comments(0)