タイムテーブル ・・・8月27日(木)
2009年 09月 04日
★8月27日(木)
7:20 銚子駅発 ⇒(総武本線)⇒ 8:08 成東駅着
8:27 成東駅発 ⇒(東金線)⇒ 8:45 大綱駅着
8:59 大綱駅発 ⇒(外房線)⇒ 9:13 茂原駅着
9:31 茂原駅発 ⇒(外房線)⇒ 10:12 勝浦駅着
10:50 勝浦駅発 ⇒(外房線)⇒ 11:18 安房鴨川駅着
11:20 安房鴨川駅発 ⇒(内房線)⇒ 12:00 館山駅着 -(昼食)-
13:01 館山駅発 ⇒(内房線)⇒ 13:30 浜金谷駅着 -浜金谷散策-
16:42 浜金谷駅発 ⇒(内房線)⇒ 17:19 木更津駅着 (夕食)
前夜、ホテルの部屋で時刻表を捲っていた。
事前に立てていたタイムテーブルを変更し、もう少し遅い出発にできないかと考えたのだ。
総武本線から東金線、外房線と乗り継ぎを確認していくと、確かに30分出発を遅らせることはできた。
でもそうなると大網駅から安房鴨川駅までが乗り換えなしになり、それだとどうせ寝てしまうだろうと、あえて茂原駅、勝浦駅とで乗り継ぎ時間を作るようにした。
旅なら早起きもなんのその。
電車の待ち時間はハガキを書く時間に当てればいいのだと、眠りについた。
銚子駅を早朝に出発し、順調に電車を乗り継いで昼には館山駅に到着。
ほんとうは館山駅では途中下車せずまっすぐ浜金谷に向うつもりだったが、急遽途中下車。
実は前日、銚子だ! と意気込んで食べた夕飯の刺身定食が思ったほどではなく、どうしても新サンマが食べたい! とリベンジに燃えていたのだ。
安房鴨川駅を出たあと空いた車内でガイドブックを捲り、この駅なら容易においしい魚が食べられるのではと嗅覚が働いてのことだったが、これまた大正解だった。
駅前の(しかも目の前)回転寿司と書かれた看板に引かれ店に入り、お店の大将らしき人の目の前に陣取ってガンガン直接注文をしてお腹を満たした。
新サンマに、マダコ、アジ、なめろう。
隣で、改札を出てから同じように昼食のお店を探していたらしい女性はビールを注文していたが、わたしはここは魚を満喫するべきと誘惑に負けず、熱いお茶で計7枚のお皿を平らげた。
ああ、幸せーと、旅で何度目かのセリフを口にして、風のよく通るホームで後続の電車を待った。
食べた分は消費消費、と次は浜金谷駅で下車し、向った先は鋸山ロープウェイ。
そこから壮大な眺めの地獄のぞきや日本最大の磨崖の大仏様を目指したのだ。
駅に着くまでどっしりしたリュックをどうしたものかと思案したが、今日の天候と体調ならいけるかもと荷物預かりには寄らず、そのままこの旅一番の高さへ。
ロープウェイを下りてすぐにそれは後悔することになるものの、今さらどうしようもないと覚悟を決めてとにかく上へ上へと石段を登った。
が、入口の西口管理所から地獄のぞきまで石段を一気に登ることはできなかった。
年々体力の衰えを感じるなあと、上がる息の合間にポカリをガブ飲みしてなんとか山頂展望台へ辿り着いた。
汗はどっと出るし、足全体がすでに張っている。
それでも想像していた以上の高さからの景色を見たら、よくやったと自分を誉めたくなった。
がこれまたしかし。
上ったあとは下るだけ。
せっかく上ったのにと恨み節を口にし、今度は大仏広場に歩を進めた。
下りになるとより痛みを感じるふくらはぎ、重みを増すリュック。
でもここまで来たのだという思いが勝って、途中千五百羅漢道などを巡りながら大仏広場へ。
どーんと鎮座する大仏様はそりゃあもう大きくて、人はなんと大きいものを作ることができるのかと見上げて口をあんぐり開けた。
しばらく大仏様の横顔がよく見えるベンチに座り、ひと休み。
再び石段を、どこまでも続きそうなそれを上ることに頭がくらくらしそうになったけれど、またリュックを下ろして涼しい電車に乗りたいなという思いを奮い立たせて立ち上がった。
そうは言うものの西口管理所までの道のりは遠く、途中何度も水分補給を間に挟んで足を休めやっとのことで戻った。
ほんとうは百尺観音や十州一覧台など行っていない箇所もあったが、ここまで来てとはもう思えなくなっていた。
そこからはまだロープウェイ乗り場へのごつごつした道に、ロープウェイを下りてから駅までの道のりが残っていたのでこれは大人の選択だととぼとぼ浜金谷駅へ足を向けた。
駅に着いたら体を休め、小一時間ほど待って乗車した電車で木更津へ。
洗濯が控えていたので、ホテルへは早めに入った。
ホテル内のコインランドリーを1回、乾燥機を2回回して、背負っていた洗濯物はこざっぱり。
今日1日の体の疲れとともに汚れも落として、その日は23時にはストンと眠りについた。
7:20 銚子駅発 ⇒(総武本線)⇒ 8:08 成東駅着
8:27 成東駅発 ⇒(東金線)⇒ 8:45 大綱駅着
8:59 大綱駅発 ⇒(外房線)⇒ 9:13 茂原駅着
9:31 茂原駅発 ⇒(外房線)⇒ 10:12 勝浦駅着
10:50 勝浦駅発 ⇒(外房線)⇒ 11:18 安房鴨川駅着
11:20 安房鴨川駅発 ⇒(内房線)⇒ 12:00 館山駅着 -(昼食)-
13:01 館山駅発 ⇒(内房線)⇒ 13:30 浜金谷駅着 -浜金谷散策-
16:42 浜金谷駅発 ⇒(内房線)⇒ 17:19 木更津駅着 (夕食)
前夜、ホテルの部屋で時刻表を捲っていた。
事前に立てていたタイムテーブルを変更し、もう少し遅い出発にできないかと考えたのだ。
総武本線から東金線、外房線と乗り継ぎを確認していくと、確かに30分出発を遅らせることはできた。
でもそうなると大網駅から安房鴨川駅までが乗り換えなしになり、それだとどうせ寝てしまうだろうと、あえて茂原駅、勝浦駅とで乗り継ぎ時間を作るようにした。
旅なら早起きもなんのその。
電車の待ち時間はハガキを書く時間に当てればいいのだと、眠りについた。
銚子駅を早朝に出発し、順調に電車を乗り継いで昼には館山駅に到着。
ほんとうは館山駅では途中下車せずまっすぐ浜金谷に向うつもりだったが、急遽途中下車。
実は前日、銚子だ! と意気込んで食べた夕飯の刺身定食が思ったほどではなく、どうしても新サンマが食べたい! とリベンジに燃えていたのだ。
安房鴨川駅を出たあと空いた車内でガイドブックを捲り、この駅なら容易においしい魚が食べられるのではと嗅覚が働いてのことだったが、これまた大正解だった。
駅前の(しかも目の前)回転寿司と書かれた看板に引かれ店に入り、お店の大将らしき人の目の前に陣取ってガンガン直接注文をしてお腹を満たした。
新サンマに、マダコ、アジ、なめろう。
隣で、改札を出てから同じように昼食のお店を探していたらしい女性はビールを注文していたが、わたしはここは魚を満喫するべきと誘惑に負けず、熱いお茶で計7枚のお皿を平らげた。
ああ、幸せーと、旅で何度目かのセリフを口にして、風のよく通るホームで後続の電車を待った。
食べた分は消費消費、と次は浜金谷駅で下車し、向った先は鋸山ロープウェイ。
そこから壮大な眺めの地獄のぞきや日本最大の磨崖の大仏様を目指したのだ。
駅に着くまでどっしりしたリュックをどうしたものかと思案したが、今日の天候と体調ならいけるかもと荷物預かりには寄らず、そのままこの旅一番の高さへ。
ロープウェイを下りてすぐにそれは後悔することになるものの、今さらどうしようもないと覚悟を決めてとにかく上へ上へと石段を登った。
が、入口の西口管理所から地獄のぞきまで石段を一気に登ることはできなかった。
年々体力の衰えを感じるなあと、上がる息の合間にポカリをガブ飲みしてなんとか山頂展望台へ辿り着いた。
汗はどっと出るし、足全体がすでに張っている。
それでも想像していた以上の高さからの景色を見たら、よくやったと自分を誉めたくなった。
がこれまたしかし。
上ったあとは下るだけ。
せっかく上ったのにと恨み節を口にし、今度は大仏広場に歩を進めた。
下りになるとより痛みを感じるふくらはぎ、重みを増すリュック。
でもここまで来たのだという思いが勝って、途中千五百羅漢道などを巡りながら大仏広場へ。
どーんと鎮座する大仏様はそりゃあもう大きくて、人はなんと大きいものを作ることができるのかと見上げて口をあんぐり開けた。
しばらく大仏様の横顔がよく見えるベンチに座り、ひと休み。
再び石段を、どこまでも続きそうなそれを上ることに頭がくらくらしそうになったけれど、またリュックを下ろして涼しい電車に乗りたいなという思いを奮い立たせて立ち上がった。
そうは言うものの西口管理所までの道のりは遠く、途中何度も水分補給を間に挟んで足を休めやっとのことで戻った。
ほんとうは百尺観音や十州一覧台など行っていない箇所もあったが、ここまで来てとはもう思えなくなっていた。
そこからはまだロープウェイ乗り場へのごつごつした道に、ロープウェイを下りてから駅までの道のりが残っていたのでこれは大人の選択だととぼとぼ浜金谷駅へ足を向けた。
駅に着いたら体を休め、小一時間ほど待って乗車した電車で木更津へ。
洗濯が控えていたので、ホテルへは早めに入った。
ホテル内のコインランドリーを1回、乾燥機を2回回して、背負っていた洗濯物はこざっぱり。
今日1日の体の疲れとともに汚れも落として、その日は23時にはストンと眠りについた。
by fastfoward.koga
| 2009-09-04 20:45
| 旅行けば
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