火の国 「たいしたところ」
2007年 07月 18日
水前寺公園を出て、また路面電車の駅に向かった。
雨は笑えるくらい降り、屋根があるのに駅では隙間から降りかかる雨を避けるために傘を広げていた。
隣に立ったおばちゃんと、すごいわね、という無言の会話を目だけでやり取りした。
電車に乗り、シートに腰をかけた。
折り返してはいたジーンズの裾に触れる。
案の定、雨を吸い込んでしまっているけれど、不思議なことに不快感はない。
こんな雨にどうしたものかと、ひとりごちた。
雨の散歩に少し疲れて、お昼の前に熊本市現代美術館に立ち寄った。
おもしろそうなものをやっていたら時間つぶしに見てみようと思っていたら、これが大ヒット。
森村泰昌の「美の教室、清聴せよ」が開催されていたのだけれど、あっという間に1時間半が過ぎた。
美術館の学芸員の人たちの対応もよく、きもちよく雨で濡れた体を癒すことができた。
ミュージアムショップをひやかしたあと、少し早かったけれど熊本名物の太平燕(タイピーエン)を食べに行った。
少し張ったふくらはぎを休めつつ、太平燕を堪能。
お腹を満たして、いざ熊本城へ向かった。
ひっそりと静まり返った入口で、入園料を支払う。
またここでも片手くらいの人としかすれ違わないのではないかという思いが過ぎった。
高い石段を、ひとつひとつ上ってゆく。
思わず、よいしょ、という声がもれそうになる。
お天気は傘をさしたり閉じたりするような、落ち着きのない空模様になっていた。
人気のない道を、小さくひとり言を呟きながら歩いていた。
やっとのことで天守閣が見えたあたりで、数人の人とすれ違った。
聴き慣れない言葉だったので、中国人か韓国人の観光客のようだった。
入口にチチくらいの年齢の男性がパイプイスに座り、入口で観光客を向かい入れていた。
こんにちは、と声をかけて傘を閉じ、靴を靴袋に入れ、いよいよ天守閣の中に足を踏み入れた。
展示物を見ながら、上へ上へとフロアをひとつずつ上っていく。
昨日の足の疲れが響いて、途中目についたベンチに座り何度かふくらはぎを揉んだり、足を伸ばしてストレッチをしたりした。
喉の乾きも感じ始め、できることなら寝っころがってしまいたくなった。
天守閣の窓から入口近くにある売店が見えるたびに、降りたらあそこで休憩しようと自分を励ましててっぺんを目指した。
息がどんどん上がっていった。
でも意地になって、段差のきつい階段を上った。
やっと最上階だとわかったところで、すーっと吹き抜ける風を体に感じた。
さっきまで大雨が降っていて、しかも強い風が吹いているというのに、天守閣のてっぺんははり巡られた窓のひとつが開放されていた。
ちょうど雨は小雨になっていたので、少し凶暴な風が体中にまとわりつく湿気を吹き飛ばしてくれた。
しばらく風に吹かれながら、四方の煙った熊本の景色を眺めていた。
あっと思うようなものはそこにはなかった。
でも、達成感は感じていた。
そこでもまたパイプイスに座っていたおじさんに、ありがとうございましたとお礼を言い、階段を降りた。
段差がきつく決して下りが楽だというわけでもないのに、折り返したというだけでどこか気持ちは楽になり、テンポよく出口まで足を進めていった。
出口で靴を履き、迷わずわたしは売店へ向かった。
売店の屋根の下にある大きなベンチで、やっと手にしたジュースを静かに飲んだ。
生き返るような気がした。体が喉から入った水分を、胃に落ちるまでに吸収してゆくような気がした。
誰に強制されたものでもないのに、そのジュースがご褒美だった。
とりあえず喉の渇きを癒し、ほっと落ち着いたところで、ベンチの横でもうもうと湯気を出している蒸し器に目がいった。
蒸し器の前には「いきなりまんじゅう」と書かれている。
熊本市内でいくつも目にした文字。
ここはやっぱり糖分の補給でしょうと、ひとつ100円の紫芋の入ったそれを買った。
熱々のいきなりまんじゅうを、一口頬張った。
ほどよい甘さが、思ったとおり疲れを少し癒してくれた。
食べてはぼーっとし、食べてはぼーっとし、をくり返していると足元にじっと立ちすくむ鳩に気がついた。
そういえば鳩はさっきからずっとそこにいた。
もしかしたらこのおまんじゅうを狙っているのか!
目線は鳩に向けたまま、わたしはやらねーよと毒づきながらおまんじゅうを食べきった。
すると鳩は、つつつとわたしから離れていった。
やっぱりお前の目当てはこのおまんじゅうだったのか!
なんともこ憎たらしく、でも愛嬌のある鳩だった。
水分と糖分で少しエネルギーを補充したわたしは、最後の力を振り絞るように宇土櫓へと歩いていった。
その櫓は唯一、熊本城が創建された当時のままの姿を残している。
あとはほとんどが昭和に復元されたものなので、それだけでも建物に歴史の重みを感じた。
宇土櫓の入口まであと3メートルというところで、急にまた大粒の雨が降り出した。
折り畳み傘を慌てて開きながら辿りつくと、入口にいたおじさんがパイプイスから立ち上がって出迎えてくれた。
そのおじさんはご丁寧にわたしのために靴袋を広げ、傘を袋に入れるのを手伝ってくれた。
あーまた降ってきたねーというおじさんにお礼を言って、わたしは暗い櫓の中に足を踏み入れた。
おじさんはどっから来たのーと言った。
京都からですと答えると、仕事で? とまた尋ねた。
いえ、旅行ですと答えると、どこに行ったの? とまた尋ねた。
おとつい着いて、昨日は阿蘇に行きました。雨を心配していけれど、きれいに火口が見えましたと言うと、笑顔でよかったねと言ってくれた。
そして馬刺しは食べた? 焼酎は飲んだ? とまた尋ね、この櫓はね、唯一400年前のまま残っているものなんだよと教えてくれた。
400年。
そう聴いて、湿っぽい櫓の中で小さな深呼吸をした。
かび臭い木の匂い。
そうか、これが400年の匂いだと今度は大きく吸い込んだ。
ところどころ差し込む薄暗い光を頼りに歩きながら、わたしはその10分の1も生きていないのかと思った。
なーんや。わたしはたいしたことないやん。
小さいことを気にしているわたしは、ほんまたった34年で、たいしたことないんや。
と、暗い天井を見つめながら思っていた。
宇土櫓を出たあとも、雨は相変わらず降ったりやんだりをくり返していた。
パンパンに張った足を引きずるようにして、わたしは熊本城をあとにした。
繁華街へ向かいながら、何度か振り返って見た熊本城はとても力強かった。
また来いよと言っているようだった。
空港へ向かうバスに乗るまで、残りあと数時間。
足の張りに我慢しきれず、30分だけ手もみんで足のマッサージをしてもらった。
雨は笑えるくらい降り、屋根があるのに駅では隙間から降りかかる雨を避けるために傘を広げていた。
隣に立ったおばちゃんと、すごいわね、という無言の会話を目だけでやり取りした。
電車に乗り、シートに腰をかけた。
折り返してはいたジーンズの裾に触れる。
案の定、雨を吸い込んでしまっているけれど、不思議なことに不快感はない。
こんな雨にどうしたものかと、ひとりごちた。
雨の散歩に少し疲れて、お昼の前に熊本市現代美術館に立ち寄った。
おもしろそうなものをやっていたら時間つぶしに見てみようと思っていたら、これが大ヒット。
森村泰昌の「美の教室、清聴せよ」が開催されていたのだけれど、あっという間に1時間半が過ぎた。
美術館の学芸員の人たちの対応もよく、きもちよく雨で濡れた体を癒すことができた。
ミュージアムショップをひやかしたあと、少し早かったけれど熊本名物の太平燕(タイピーエン)を食べに行った。
少し張ったふくらはぎを休めつつ、太平燕を堪能。
お腹を満たして、いざ熊本城へ向かった。
ひっそりと静まり返った入口で、入園料を支払う。
またここでも片手くらいの人としかすれ違わないのではないかという思いが過ぎった。
高い石段を、ひとつひとつ上ってゆく。
思わず、よいしょ、という声がもれそうになる。
お天気は傘をさしたり閉じたりするような、落ち着きのない空模様になっていた。
人気のない道を、小さくひとり言を呟きながら歩いていた。
やっとのことで天守閣が見えたあたりで、数人の人とすれ違った。
聴き慣れない言葉だったので、中国人か韓国人の観光客のようだった。
入口にチチくらいの年齢の男性がパイプイスに座り、入口で観光客を向かい入れていた。
こんにちは、と声をかけて傘を閉じ、靴を靴袋に入れ、いよいよ天守閣の中に足を踏み入れた。
展示物を見ながら、上へ上へとフロアをひとつずつ上っていく。
昨日の足の疲れが響いて、途中目についたベンチに座り何度かふくらはぎを揉んだり、足を伸ばしてストレッチをしたりした。
喉の乾きも感じ始め、できることなら寝っころがってしまいたくなった。
天守閣の窓から入口近くにある売店が見えるたびに、降りたらあそこで休憩しようと自分を励ましててっぺんを目指した。
息がどんどん上がっていった。
でも意地になって、段差のきつい階段を上った。
やっと最上階だとわかったところで、すーっと吹き抜ける風を体に感じた。
さっきまで大雨が降っていて、しかも強い風が吹いているというのに、天守閣のてっぺんははり巡られた窓のひとつが開放されていた。
ちょうど雨は小雨になっていたので、少し凶暴な風が体中にまとわりつく湿気を吹き飛ばしてくれた。
しばらく風に吹かれながら、四方の煙った熊本の景色を眺めていた。
あっと思うようなものはそこにはなかった。
でも、達成感は感じていた。
そこでもまたパイプイスに座っていたおじさんに、ありがとうございましたとお礼を言い、階段を降りた。
段差がきつく決して下りが楽だというわけでもないのに、折り返したというだけでどこか気持ちは楽になり、テンポよく出口まで足を進めていった。
出口で靴を履き、迷わずわたしは売店へ向かった。
売店の屋根の下にある大きなベンチで、やっと手にしたジュースを静かに飲んだ。
生き返るような気がした。体が喉から入った水分を、胃に落ちるまでに吸収してゆくような気がした。
誰に強制されたものでもないのに、そのジュースがご褒美だった。
とりあえず喉の渇きを癒し、ほっと落ち着いたところで、ベンチの横でもうもうと湯気を出している蒸し器に目がいった。
蒸し器の前には「いきなりまんじゅう」と書かれている。
熊本市内でいくつも目にした文字。
ここはやっぱり糖分の補給でしょうと、ひとつ100円の紫芋の入ったそれを買った。
熱々のいきなりまんじゅうを、一口頬張った。
ほどよい甘さが、思ったとおり疲れを少し癒してくれた。
食べてはぼーっとし、食べてはぼーっとし、をくり返していると足元にじっと立ちすくむ鳩に気がついた。
そういえば鳩はさっきからずっとそこにいた。
もしかしたらこのおまんじゅうを狙っているのか!
目線は鳩に向けたまま、わたしはやらねーよと毒づきながらおまんじゅうを食べきった。
すると鳩は、つつつとわたしから離れていった。
やっぱりお前の目当てはこのおまんじゅうだったのか!
なんともこ憎たらしく、でも愛嬌のある鳩だった。
水分と糖分で少しエネルギーを補充したわたしは、最後の力を振り絞るように宇土櫓へと歩いていった。
その櫓は唯一、熊本城が創建された当時のままの姿を残している。
あとはほとんどが昭和に復元されたものなので、それだけでも建物に歴史の重みを感じた。
宇土櫓の入口まであと3メートルというところで、急にまた大粒の雨が降り出した。
折り畳み傘を慌てて開きながら辿りつくと、入口にいたおじさんがパイプイスから立ち上がって出迎えてくれた。
そのおじさんはご丁寧にわたしのために靴袋を広げ、傘を袋に入れるのを手伝ってくれた。
あーまた降ってきたねーというおじさんにお礼を言って、わたしは暗い櫓の中に足を踏み入れた。
おじさんはどっから来たのーと言った。
京都からですと答えると、仕事で? とまた尋ねた。
いえ、旅行ですと答えると、どこに行ったの? とまた尋ねた。
おとつい着いて、昨日は阿蘇に行きました。雨を心配していけれど、きれいに火口が見えましたと言うと、笑顔でよかったねと言ってくれた。
そして馬刺しは食べた? 焼酎は飲んだ? とまた尋ね、この櫓はね、唯一400年前のまま残っているものなんだよと教えてくれた。
400年。
そう聴いて、湿っぽい櫓の中で小さな深呼吸をした。
かび臭い木の匂い。
そうか、これが400年の匂いだと今度は大きく吸い込んだ。
ところどころ差し込む薄暗い光を頼りに歩きながら、わたしはその10分の1も生きていないのかと思った。
なーんや。わたしはたいしたことないやん。
小さいことを気にしているわたしは、ほんまたった34年で、たいしたことないんや。
と、暗い天井を見つめながら思っていた。
宇土櫓を出たあとも、雨は相変わらず降ったりやんだりをくり返していた。
パンパンに張った足を引きずるようにして、わたしは熊本城をあとにした。
繁華街へ向かいながら、何度か振り返って見た熊本城はとても力強かった。
また来いよと言っているようだった。
空港へ向かうバスに乗るまで、残りあと数時間。
足の張りに我慢しきれず、30分だけ手もみんで足のマッサージをしてもらった。
Commented
by
zuko44 at 2007-07-19 13:58
手もみん、どこでもあるんだー?すげー。
でも近所のさえ行ったことない・・・しょぼん。
でも近所のさえ行ったことない・・・しょぼん。
0
Commented
by
fastfoward.koga at 2007-07-20 22:53
by fastfoward.koga
| 2007-07-18 23:38
| 旅行けば
|
Comments(2)