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言霊の幸わう国

2006年 03月 12日 ( 2 )

君の名は

 1週間くらい前に書いて、まだポストに投函していない手紙がある。
 封をして、宛名も書いて、切手も貼ってある。
 1週間も出さずにいるのは出かけるときに忘れてしまうのではなく、出すタイミングを計っていた。

 中に記したきもちに、変わりはないのだろうという確信はあった。
 でも、あせらずに確かめてから投函しようと、書いた翌日に考えた(・・・だったら、手紙をそれから書いたらいいのだけれど、それを止めることはできなかった)。

 いつもすぐ答えを出そうと急いでしまうのが、わたしの悪いくせなのだ。
 だから、わたしの名前「fastfoward」は、あせって空回りしてしまうことの多い自分に対する、半分おかしさと半分戒めの思いを込めてつけた。
 10代の終わりか、20代の初めごろから、わたしの頭の中にあった単語だ。

 ほんとうの名前は、両親が考えてつけてくれた。
 おそらく世界にひとつしかない名前だと思うので、ほんとうにありがたいと思っている。
 でも、この名前はわたしがわたしのためにつけた。
 自分が自分を表現できるように、不要な枠にがんじがらめにならず自分を解放することができるように。

 そのおかげか、あせりがぴょこっと出てくると、その思いの反対側でまたやって来たなと思えるようになった。
 そう思うと、わたしは自分の望みどおり、しかも身の丈にあった名前をつけることができたのだなんて自己満足に浸ったりする。

 みなさんの名前は、どんな思いが込められてます?
by fastfoward.koga | 2006-03-12 21:44 | 往復書簡

キャッチボール

 自分の思いを、まっすぐに伝えることのできる人。
 ここに何度も記してきたように、わたしも自分自身そうでありたいと思っている。
 頭の中や、胸の中にあるものがどんなに複雑でひねくれていたとしても、表に出すときはまっすぐなものにしようと。

 それなのに、わたしはそのまっすぐな思いを伝えられて、しっかり受け止めることができなかった。
 ほんとうならもっとうまくできたはずだと思う。
 でも、相手のあまりの正直さにどぎまぎしてしまったのだ。
 きっとうれしいと感じたことすら、表情にも出せなかったはず。

 褒めたり、かまったりしてもらいたいわりには、それをされるととても恥ずかしいという思いが湧き出てくる。
 特に正面から言われると、視線を下げたり、口元を手で覆って表情を隠してしまう。
 せっかく言ってくれているのにとは思うのだけれど、どうしても恥ずかしさが勝つのだ。

 たとえば、誰かをすきになったとき。
 今までわたしは、相手に対して勝負を挑んでいた気がする。
 わたしが投げる球を打ってみろ~というように。

 でもそうじゃないなと、気がついた。
 わたしがほんとうに投げたいのは時速150キロの剛速球ではないし、相手にその球を打ってほしいわけでもない。
 すきだと思った人と、ただキャッチボールがしたいだけなのだ。

 向き合って、相手が取りやすいところに取りやすい球を投げる。
 そして、相手にも取りやすい球を投げようと思ってもらえるように。
 お互いのきもちや状況を推し量りながら、球を速くしたり遅くしたりしてキャッチボールを続けることができるのが望んだ形なのだとやっとわかった。

 恥ずかしさがまだまだ勝ってしまって、わたしはワンバウンドでしか返せていないことが多いはず。
 けれど、投げてもらった球はちゃんと相手に届くようにしてきたいと思う。
 そしてできるだけ早く、相手の手の中に納まったとき、どっしりと重さも感じてもらえるようにがんばる。
by fastfoward.koga | 2006-03-12 11:02 | 一日一言