言霊の幸わう国

2018年 02月 05日 ( 1 )

ひとりであること

 激動、と言っていい数年、この1年、いや半年だった。
 それはそれは、濃密な時間を過ごした。

 先日読んだ川上弘美の『森へいきましょう』にこんな言葉があった。
「あたしたち、ずいぶん遠くまで来ちゃったよね」
 たくさんいる主人公のひとり「ルツ」44歳が、そう言うのだ。
 偶然にも同い年。その偶然を噛みしめながら、数日前によぎっていた思いを反芻し、その言葉を頭の中の指で丁寧になぞって読んだ。

「あたしたち、遠くまで来たけど、たぶん、もっと遠くまで行かなきゃならないんだよね。生きてるって、そういうことだよね。」

 それは、少し高い買い物をした帰り道。予算はあってないようなあるような、でもあーこんなにするのかあと思いながら、でもここはこだわっておきたいと気に入ったものを注文した帰りだった。
 これからはこうやって(例え高いと感じることでも)、自分で選択して自分ですべて決めてゆくんだなと、湧きでた思い。
 そのふいの軽さとは真逆にずんときたギャップには、少しのさみしさとそれより多い好奇心とさらに強いやってやるぜ感があって、爽快感があった。


 書くことからも、読むことすらも遠ざかりつつある今、生活が変わったタイミングでハンドルを切った。
 書かない間は、ただひたすら仕事をして、よくお酒を飲んでいた。
 旅はしなかった。恋もしなかった。
 だんだん自分の芯に近づいていって(そうすることにひりひりしなくなってきた)、本質というか核というかを見極めつつある気がする。
 自分はこう、と決めつける気は毛頭ないけれど、動かせない自分という人間を表す事実は抗ったりせずに受け止められるようになった(と思う)。

 変わったところとかわっていないところ。
 どっちも自分でどれも自分。
 こういう書き方は相変わらずで、自問自答の絶えない人生だけれどそれもまた楽し。

 今、わたしは、ひとりであるということを、無性に語りたくなった。
 それもね、楽しいのよ。ほんとに。

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by fastfoward.koga | 2018-02-05 22:06 | 一日一言 | Comments(7)